【第5話】記録官と亡霊(後編)
宙に浮かぶ羽ペンが、無数の詩篇を走り書きする。
リタの周囲には、紙でできた刃と鎖が次々と襲いかかってきた。
エルマー・クローヴ。
彼は“記録魔術”の達人だった。
歴史を書く者は、時に未来すら書き換える。
それが彼の信念であり、狂気だった。
「君は、忘れてしまったのかもしれないな。
君の妹が火に焼かれた夜――なぜ君はそこにいなかった?」
リタは答えない。
ただ、襲い来る紙の刃をかわしながら前に進む。
銃を構え、魔術の中枢を狙う。
「あなたが焚刑命令を書いたのね。記録の筆で人を殺した」
「違う。私は命令されて書いただけだ。
だが、その命令が“どこから来たのか”を、君に教えてやってもいい」
リタの瞳が揺れる。
銃声が一発。
エルマーの左肩をかすめ、魔術の回路が一部破られる。
「口で語るより、記録を見せるほうが早いか……」
彼はポケットから、封じられた一冊の帳簿を取り出す。
そこに挟まれていたのは、七年前の命令書の写しだった。
『焚刑対象:ミレイユ・ヴァレンタイン
起草者:カティア・ルブラン
決裁印:アヴェル・グランツ』
「……カティア……?」
リタの指が震える。
「彼女は、妹を処すことを“提案”した貴族だ。
だが最終決裁を下したのは――現在の聖印会議議長、アヴェル・グランツ。
つまり、君が最後に狙っている“仮面の男”だ」
リタは帳簿を奪い取り、銃を再び構える。
「これ以上の言い訳は聞きたくない」
エルマーは小さく笑う。
「ならば撃つといい。だが最後に伝えておこう。
ミレイユは、君に何かを託していたよ。
……『祈りを、最後まで』とね」
引き金が引かれ、銃声が図書院に響いた。
宙に浮かんでいた羽ペンたちは、静かに床へと落ちていった。
記録官は倒れた。
だが彼が遺した帳簿の一頁が、リタの手の中で震えていた。
「祈りを……最後まで?」
妹が何を思って、炎に包まれたのか。
まだ、全ては終わっていない。