【第2話】仮面の騎士団(前編)
帝都グランディア――
蒸気と魔術が交錯する、鉄と霧の都。
かつて「千の鐘楼」と謳われた都市の名残は、今や産業と権力の象徴にすり替わり、空を見上げれば巨大な浮遊機関“オルゴール船”がゆっくりと漂っている。
リタ・ヴァレンタインは、地下鉄の車両から降り立ち、無言で地上へ向かう階段を上がっていた。
黒のロングコートの裾が、背後を滑るように揺れる。
この街で彼女を知る者は、ほとんどいない。
そして知っていても、口には出さない。
彼女は“死んだ”はずの密偵だった。
七年前、王都の粛清で名簿から抹消された女――
そのリタが、今再び現れた理由。
それは一つ。復讐だ。
地上に出た途端、濃い霧とともに人混みが彼女を包む。
商人たちの掛け声、蒸気汽笛の音、そして――
不自然な、沈黙。
通りの向こうで、誰かが立っている。
仮面。
漆黒のマント。
武器らしきものは見えないが、全身から“殺気”が溢れていた。
リタは立ち止まり、視線を交わす。
相手もまた、彼女を見ていた。
何かを“知っている”目だ。
そのとき、仮面の男が動いた。
疾風のごとく、一直線にリタへ――
「……やれやれ。初日からこれか」
リタは素早くコートをはためかせ、拳銃を抜いた。
銀の銃身が光を弾き、霧を裂いて火花を散らす。
銃声。
仮面の男は弾丸をかわし、すれ違いざまに短剣を振るう。
リタの肩が裂け、血がにじむ。
しかし彼女は表情ひとつ変えない。
「……なるほど。帝都は、歓迎が丁寧ね」
仮面の男は返事をしない。
ただ、もう一人、背後から別の仮面の刺客が現れる。
囲まれた。
しかしリタの唇に、かすかな笑みが浮かんだ。
「二人? 足りないわ」
銃口が、再び火を噴いた。
帝都での最初の夜。
リタ・ヴァレンタインが“生きている”と知らしめるには、十分すぎる銃声だった。