【第17話】ヴァレンタインの祈り(後編)
夜が明けた。
帝都グランディアの空に、最初の陽が差し込む。
長い夜の祭りは終わり、灯籠たちは静かに落ち、街は眠りにつこうとしていた。
聖堂の塔の上で、リタとミレイユは並んで空を見ていた。
「……ねえ、姉さん」
「ん?」
「この空は……誰かの祈り、届いたと思う?」
「届いたさ。
たとえ神が沈黙してても――誰かの心には、ちゃんと」
ミレイユは、小さく笑った。
そして、静かに語り始めた。
「処刑のとき、私ね……
心のどこかで、自分が選ばれた理由をわかってた」
「……」
「信仰を貫いたからじゃない。
私が“あなたの妹だったから”、狙われた」
彼女の声は穏やかだった。
もう怒りでも、悲しみでもない。
ただ、“理解”として語られていた。
「姉さんが密偵局で何をしてたか、私は知らなかった。
でも、帝国にとって都合が悪いことを知っていたんだと思う。
だから、私を見せしめにして――あなたを引きずり出した」
リタは、静かにうなずいた。
「それでも私は、助けに行けなかった」
「行かなくて正解だったよ。
あのとき来てたら……姉さんまで焼かれてた」
ミレイユは、ふと遠くを見た。
「この国は、正しいことをした人が裁かれる。
でも、私はそれでも――祈ることをやめたくない」
「それが、“ヴァレンタイン”だもの」
二人は顔を見合わせ、笑った。
その笑みに、ようやく“姉妹の時間”が戻ってきた。
「じゃあ、これからどうする?」
ミレイユが聞く。
「罪も名前も背負ったまま、また仮面でも被る?」
リタは、ゆっくりと首を横に振った。
「仮面じゃなくて――顔を上げて歩く。
赦されないなら、それでも進む。
私はそう生きるよ」
「……うん、私も」
風が吹き抜ける。
二人の前に、一つだけ残っていた灯籠がふわりと浮き上がった。
ミレイユはそれを手に取る。
そこには、かつての祈りの一節が書かれていた。
『どうか、だれかの明日が、今日よりも優しいものでありますように』
「……届けてくれるかな、この祈り」
「きっと、誰かが拾ってくれるよ。
私たちがそうだったみたいに」
灯籠が空へ舞う。
それを見送る姉妹の姿に、もはや罪も仮面もなかった。
ただ――そこにいたのは、リタとミレイユ。
名もなき祈りを灯した、ふたりのヴァレンタインだった。




