【第15話】黒の断罪(後編)
ミレイユ・ヴァレンタインは、焚刑で“死んだ”。
そう記録され、そう信じられていた。
けれど――真実は、火の中では終わっていなかった。
「……私が目を覚ましたとき、見知らぬ部屋の天井が見えたの」
リタの腕の中で、ミレイユは静かに語り始めた。
「死んだはずだった。
でも、私は“生かされた”」
彼女を救ったのは、帝国の影に隠された非公式の研究機関――
“聖印情報管理局”と呼ばれる、秘密裡の存在だった。
処刑された者の一部が、記録を捏造され、生きたまま情報資源として保存される。
魂の複製、記憶の洗浄、人格の再構築――それが、“再生者計画”の正体だった。
「私は、姉さんに捨てられたと思ってた。
“任務のために黙っていた”って、それもわかってる。
でも、私の中には、そう信じ込むように“記録された”記憶が流れ込んでた」
そう語るミレイユの声は、静かだった。
まるで、何度も何度も、自分に言い聞かせてきたかのように。
「名前を捨てるように言われた。
“ヴァレンタイン”の名を持てば、再び狙われるからって。
代わりに与えられたのが、“アヴェル・グランツ”。
仮面と偽名と、そして私が本当に憎んでいるもの――
“過去”に復讐しろって」
彼女は小さく笑った。
「皮肉だよね。
私は、記憶を消され、名前を変えられ、心を塗り替えられて、
やっと“自分の居場所”を手に入れたと思ったのに――
それが全部、“嘘”だったなんて」
リタは、何も言えなかった。
ただ、ミレイユの肩を抱きしめる腕に、自然と力がこもる。
「でも、姉さんが本当に来てくれたって、あの夜も、今日も……わかってしまったら……
もう私は、“仮面”で自分を守る理由がなくなった」
ミレイユは、懐から鉄の仮面を取り出し、リタの前に差し出した。
「これが、私を守ったもの。
でも同時に、私を閉じ込めた檻だった」
リタはそれを受け取ると、静かに言った。
「じゃあ、それは――終わりね」
仮面は、リタの手から離れ、聖堂の下へ落ちていった。
カシャン、という音が、すべての幕引きを告げた。
今ここに、“アヴェル・グランツ”はもういない。
残ったのは、姉妹だけだった。
かつて祈りを交わし、すれ違い、失われ、再びめぐり逢った――ふたり。




