【第11話】記憶の誓い(前編)
夜が明けきらぬ帝都の空に、鈍色の光が滲んでいた。
リタ・ヴァレンタインは、〈アトリエ・ルブラン〉の屋上でひとり立ち尽くしていた。
彼女の足元には、砕けた砂時計と、ユリウスの銀の弾が静かに残っている。
「……終わったのね、カティア」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
けれど、自分自身の中に渦巻いていた“迷い”に、一つの区切りをつける言葉だった。
ユリウスが遺した最後の言葉。
それは、「自分の意思で生きろ」という、リタが一度も選べなかった選択だった。
任務に従い、命令に従い、過去に縛られ、復讐に生きる。
そんな生き方しかできなかった自分に、彼は最後まで“未来”を託してくれた。
「……あの人の分まで、私は進まなきゃいけない」
拳銃の弾倉を外し、空の薬莢を捨てる。
そこに一発、ユリウスの遺した銀の弾を装填する。
「これは、あなたの弾。
でも次の引き金は、私の意思で引く」
その言葉とともに、リタはコートを翻す。
向かう先は――帝国聖堂。
そしてその頂に君臨する、最後の標的。
アヴェル・グランツ。
鉄仮面を被り、民衆の前では一言も語らず、
だがすべての命令を“裏で下す”帝国の真の支配者。
焚刑命令に“決裁印”を押したのは、彼だった。
帝都最大の祝祭「聖火の夜」。
その日、アヴェルは民衆の前で演説を行うという。
「ちょうどいい。
最後の罪を告白させるには――最も明るい舞台じゃない」
地下の機械通路を抜け、リタは旧密偵局の保管庫へと足を運ぶ。
そこにはかつて彼女が使っていた最後の任務装備が残っていた。
戦闘用マント。
黒と銀に染まった戦闘服。
「私が“ヴァレンタイン”であること。
今度こそ、終わらせるために証明する」
リタはゆっくりと、過去を背負う戦装束を身にまとった。
次の銃声は、復讐ではなく――誓いだ。




