【第10話】砂時計の女王(後編)
温室の空間が、再び静まり返る。
膝をついたユリウスの足元に、砕けた銃が転がっていた。
その手を、リタは取らなかった。
けれど――その場から、彼を拒絶することもなかった。
「リタ……」
ユリウスはかすかに笑う。
その笑みは、昔と何も変わらなかった。
「俺は……もう一度、終わらせてくる。今度は、自分の意思で」
「……わかった。
でも、命を投げることが“贖罪”じゃない。
それだけは、忘れないで」
彼はゆっくりと立ち上がり、カティアの方へ向き直る。
その姿に、カティアは顔をゆがめた。
「裏切るの? 私のために蘇ったあなたが?」
「俺は君の命令で動いていた。
でも――今は、“記憶”で動いている」
カティアが叫び、砂時計を高く掲げる。
「ならば、すべて巻き戻してあげる!
あなたが、私のためにしか動けなかったあの頃まで!」
魔術が解き放たれる。
空間がぐにゃりと歪み、時間が逆流しはじめる。
だがその中央を、リタの弾丸が貫いた。
銀の弾が、砂時計に命中する。
きらびやかなガラスが砕け、時間の歪みが止まる。
「それでも、まだ止まらないなら――」
リタは言った。
「私は、あなたを“今”に縛りつけるわ。
もう過去には逃がさない。あなたの罪は、今日で終わりよ」
カティアの足元から、魔術陣が暴走し始める。
自らが操っていた時間のエネルギーが暴走し、逆流する。
「やめて……! こんな終わり、私は望んで――」
「じゃあ、ミレイユに聞いてみればいい。
“あなたの望んだ終わり”が、どれほど誰かを苦しめたか」
カティアの体が、空間に吸い込まれるように崩れ落ちた。
魔術の中心に、祈りも涙も残らなかった。
そして、残されたユリウスは――
自らの記憶の欠片に手をかけ、その命の光を、静かに閉じた。
「これが……俺の選んだ、“最後の記録”だ」
リタは、彼の遺した銀の弾をひとつ拾い、胸元のポーチに納めた。
「ありがとう。
これで、ようやく“今”に戻れた気がする」
〈アトリエ・ルブラン〉は、静かに沈黙へと還った。




