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【第1話】灰の鐘楼
風が冷たい。
帝都の空は、今日も鈍く灰色に濁っていた。
ひび割れた石畳を、黒のコートが静かに踏みしめる。
その裾から覗くのは、磨き上げられた銀のホルスター。
銃――かつて神殿騎士を一撃で沈めた、伝説の双銃。
その銃の持ち主が、今、廃墟となった教会の前に立っている。
彼女の名は――リタ・ヴァレンタイン。
ここは、彼女の故郷。
そして妹が“焚刑”に処された場所でもある。
「……遅すぎた」
リタは膝をつき、瓦礫の下から古びた木箱を引き出した。
中には二丁の拳銃。黒と銀。名を《ユリシーズ》と《レメゲトン》。
かつて、彼女が王都の密偵として生きていた頃に使っていたものだ。
封じたはずだった過去が、今また、リタの手に戻る。
彼女は拳銃をそっと手に取り、空を見上げた。
その眼差しは、もう迷っていない。
「終わらせる。今度こそ」
祈りの代わりに、彼女は銃を携え、帝都の闇へと歩き出した。
鐘はもう鳴らない。
でもその足音が、誰かの目を覚まそうとしていた――。