第2章 あの頃の続きを探して 4
木枠のガラス戸の向こうから、カラカラと鈴の音が響く。
日下部商店の奥で新聞を広げていた老女が顔を上げた。
「おかえり〜。今日は早かったじゃない」
声をかけたのは、拓海の祖母だった。
年相応に背は曲がっているが、近所でも“元気な日下部のおばあちゃん”として知られている。
大きな花柄のチュニックに、つっかけサンダルのまま足を投げ出している。年季の入った丸い眼鏡の奥にある目元はどこか朗らかで、年齢を重ねてもなお、どこか茶目っ気が残っていた。
軽トラのエンジン音が止まると同時に、拓海がのそのそと店に戻ってくる。
「なあばーちゃん、せめて“おつかれ”くらい言ってくれよ」
「そんなこと言う前に、冷蔵庫の中整理してくれた? あと、納豆がまた切れてるってお客さんが言ってたわよ」
「はいはいはい……」
拓海の言うことなどまるで耳に入っていない様子に、半ばあきれたように首を振って軽トラから運んできた段ボールを無造作に持ち上げる。
そのまま店の陳列棚へと移動し、仕入れた商品を並べはじめようとしたその時、祖母がふいに身体を乗り出してきた。
「そうそう、あんたさ。澪ちゃん、取られちゃうわよ」
「はあ?」
手にした缶詰のラベルの向きを直そうとした手が止まる。思わず顔を上げた。
「取られるってなんだよ。なんの話?」
「この間ね、あたし商店街の坂を登ってたの。そしたら、波音ブックスの窓際の席に、澪ちゃんとね……見慣れない若いお兄ちゃんが並んで座ってたのよ!」
「……それ、たまたま隣になっただけとかじゃなく?」
「何言ってんの。お客さんと2人で同じ席に座るなんて普通ないでしょ!あの距離感は付き合ってるわよ。だって、トースト分け合ってたもの!」
「そんなの、まじまじ見るなよ……」
拓海は額に手をあてて、深く息をついた。
箱の中から取り出した牛乳パックをガラスの冷蔵ケースの中へ押し込んでいく。隙間なく、向きに気を遣いながら。気だるい雰囲気とは裏腹にその動作は丁寧だった。
「ばーちゃん、そういうのも今はハラスメントなんだぞ」
「な〜にがハラスメントよ。あたしは真実を語ってるだけ!あんたもそろそろ彼女のひとりやふたり、連れて来なさいよ」
「こんなどこで誰に見られて噂されてるかも分からん小っこい町にゃ、連れて来たくても来られねーよ」
拓海は空になった段ボールを足元に蹴り寄せ、パンの袋を陳列棚の上段に並べていく。
「だったら澪ちゃんにしときなさいよ。あの子なら、おばあちゃんにも優しくしてくれるし、あんたのことも手に負えそうだしねぇ」
「だからぁ、勝手に決めんなって……」
拓海は苦笑いを浮かべた。ぼやきながらも手元の動きは止めない。拓海は最後の一品を棚に収めてから、ようやく腰を伸ばした。
祖母はようやくひと言「おつかれさん」と拓海に労いの言葉をかけた後、カウンターの奥から麦茶を注いで拓海に差し出しながら、ぽつりとつぶやく。
「でもさ、澪ちゃんのあんなに嬉しそうな顔、久しぶりに見たよ。あの子のじいちゃんがいなくなってから、ずっと気張ってるように見えてたからね」
「……」
受け取った麦茶のグラスが、ひんやりと手に馴染んだ。拓海はそれを口元に運びながら、店先ののれんが揺れるのをぼんやりと見つめていた。




