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兄が出来たので、父は不要になるかも知れません

作者: 広野狼



 それは、良く晴れた日のこと。

忙しいを言い訳に、家にあまり、いえ、言い過ぎました。全く寄りつかない父が、満面の笑みを浮かべて仰いました。

 「おまえに兄ができたぞ」

突然呼び出され、玄関ホールに母と共に立ち、父を待っていたらこの仕打ち。

母が生んでないのに、しかも、弟ですらない。

私が生まれる前に浮気をしていたと言うことでしょうか。いいえ、今も、仕事を言い訳に浮気をしている可能性が高いかもしれません。そう考えると期間などと考える意味などないのかもしれませんね。

ちらりと隣に立つ母をみれば、見事に血の気の引いた顔をしていらっしゃいます。

外でも内でも気丈に振る舞っておりますし、外見もきつめと言われるので性格もきついと思われがちですが、つきあうとかわいらしい方とおっしゃってくださる方も多く、半分以上外見で損をしている母は、少なくともそれなりに父を愛しておりました。

婚外子が現れて顔面蒼白になる程度には。

そんな私たちの様子に気が付くこともなく、父は上機嫌で何かを話していたようです。母の様子が気になって、そぞろに聞いていたせいで、全く内容が耳に入ってきてませんでした。

それでも、何とか拾った単語をつなげれば、嫡男ができたから私が楽になるとか、嫁にいけるとか何とか。

この年齢までなかった予定を、唐突に兄を連れてきてご破算にするのかと、驚きを通り越して冷静になりました。

父は私がどれほど頑張ってきたのか。また、未来をどれだけ考えていたのかを全く考慮してくれていないのですね。

なにより、私は父に愚痴をこぼしたことはないのです。愚痴をこぼそうにもおりませんでしたし、なにより、好き嫌いを談じる前に生活の一部になっていたので、当主にならないなど、考えたこともなかったのが、正しいかもしれません。

なにより、家のことなど二の次以下で、帰宅もしない父に領地など任せるはずもなく、領地経営をしているのは領地の使用人と母と私です。

領地どころか経営のケの字も知らないような父にやらせようなんて提案する人間も居なかったものですから、父は印章も持っておらず、実に名ばかりな当主で、耳ざとい方々は、それをほぼ察しておられます。

本来、領主の印であるので当主が持つことが正しいのですが、領主をやってないどころか、家にいない父に決定権など持たせておくだけ無駄ですので。

とは言うものの、書類上は父が当主ですので、後から文句を付けられても問題がでないように、母が執事と父の元に赴いて、代理を母にし、当主は産まれてきた子供にすると署名しているのです。

まだ、当主交代の書類は受理できる年齢に達していないため、保留になっているだけで、決定事項なのですが、母の代理より、父の現当主が権限が強く、この妄言を退ける術がないのが悔やまれます。

本当に腹立たしいことですが。

今の今まで家に寄りつきもせず、私とまともに話したこともない父が、なぜ私がさも、領主に当主になりたくないと言っていたかのように話を進めるのか、理解できません。

自分の負いたくなかった重責なので、ほかの人間も負いたくないはずだと思いこんでいるのでしょうか。

それとも、女の幸せは嫁ぐことだとでも思っているのでしょうか。

延々と考えてみるものの、答えがでるはずもありません。父が私を理解していないように、私も父を理解できないのは当たり前なのでしょう。

正直、同じ言語を操っている人と話をしているのか不安になる程度には、話は通じていない気がするのですが。

こちらの表情に全く気づくことなく、滔々と、まるで舞台俳優かのような身振り手振りで陶酔しながら話し続けている父を冷ややかに見つめてましたが、身勝手な言葉に母も驚きからくる悲しみが怒りに変わってきたようでした。

白かった顔がだんだんと赤くなっていっているのを見つめ、少しほっといたしました。

あのまま萎れてしまうかと思いましたが、まだ父に憤る気迫があるのなら安心です。

もっとも、ここまで理不尽をしいる父にそんな価値があるとも思えないので、折を見てぷちっと潰してしまう方が後腐れがなくてよろしいかとは思うのですが、母の考えは私には分からないので、この時点では口をつぐむことにします。

 「それで、私達をわざわざこんな玄関ホールにまで呼びつけて、応接室に移動することもなく、早急に話さねばならないことが、私が産んでいない子供を引き取るという話で、今まで当主になるために必死に勉強してきた娘の将来を台無しにし、その、私の産んだ覚えのない子供の教育は私に丸投げするというお話なのでしょうか?」

立て板に水のごとく流れるように紡がれる、隠す気のない棘のある言葉をかけられ、遅ればせながらさすがに父も冷ややかすぎる空気に気がついたようです。

使用人にすら、ゴミを見るような目で見つめられているのがまた、人望のないことで、屋敷の中での父の位置をまざまざと見せつけられたことでしょう。

我が家を慮るようなことを言っていますが、はっきり申し上げて説得力がかけらもありません。

家とは領地でありこの王都にある家の中。甘く見積もって、別荘も追加したところで、父がいたことはなく、家族旅行とは母と二人でする旅行でしたし、領地経営も家の中のことも、すべて母と私の二人でこなしていました。

この家に限れば、父など役立ったこともないのです。

成したことなど、せいぜい、私と母の功績を自分の功績のように告げられ鼻高々に自慢するくらいでしょう。

私としては自らの成していないことでほめられたところで、うれしくも何ともないと思うのですが、父は自分がほめられるのであれば、その中味は気にならないのでしょう。

本当に、どうしてこの男は当主なのでしょうか。法の限界を知るようで、切ない気分になるので、このあたりでやめておきましょう。

 「当主など堅苦しいだけで、なんのうま味もないことから解放されるのに、どうしてお前たちはそう頑ななんだ」

それは、父にとってはそうだったのでしょう。

しかし、当主の仕事をしたくないのに、当主に居座る気持ちが本当に理解が出来ません。

引継と同時に爵位など返上してしまえばよかったのです。

けれども、爵位がなければ王宮に上がれませんから、名ばかりの当主として、我が家に名を連ねているのでしょう。

王宮に住み着いて、家にも帰ってこず、事情を知らない人間に、領地も王宮仕官の仕事もこなしすごいと持て囃され、鼻高々らしいと聞いたときは、正気を疑ったものです。

もっとも、父がすごいなどと、本気で言っているのなら、頭の作りを疑がいたくなりますし、嫌みであったとしても、通じもしない嫌みを言うなど無駄な作業なうえに、父が増長するのでやめて欲しいところ。

何であろうと父を誉めるような言葉を口にした人間は、すべて私達母娘の敵認定をしてしまいたいところですが、話によるとたいそう数が多いそうなので、諦めることにいたしました。

 「あなた様の感想などどうでもよろしいの。その私の生んでいない子を誰が養育するのかと聞いているのです。まさか、私や娘に丸投げされるおつもりですか? 当主の仕事もなさらず、家にも寄りつかないのに、その子供をこちらに連れてきて、誰に面倒を見させるおつもり?」

 「子供の養育は女の仕事だろう」

 「でしたら当主の仕事はあなた様のお仕事ですわね。全くやっているところを見たこともございませんが。まさか、勝手に仕事が終わっているとでも思っていらっしゃるの? それはまた、ずいぶんとお伽話じみたことを考えていらっしゃるのね」

間髪入れずの母の切り返しに、父はすぐさま反論が出来ず、しばらく口をぱくぱくとさせていましたが、うまい反論が思いつかなかったのでしょう。

 「いいから、お前はその子供をきちんと育てろ」

 「きちんと、でございますか? それはあなた様のように、と言うことでよろしいのかしら?」

母の最大限の嫌みに父は満足げに頷きました。

 「分かっているじゃないか。そのように育てろ」

それは、はっきり申し上げて、当主にならないと宣言しているようなものだと想うのですが、自分を持ち上げられたと勘違いした父は、とても満足げに何度も頷くと、後は任せたと、再び城へと戻って行かれました。

二度と帰ってこなければいいのにと、そっと心の中だけで思いながら、お見送りをして、母と顔を見合わせます。

 「私、この年になって初めて知りました。嫌みをいって通じないと、言った自分が衝撃を受けると。まあ、知らなくてもよかったことですが」

 「そうですわね。お母様。それより、父の置いていってしまったお兄さまはどういたしましょう」

 「旦那様のお考え通りに育てましょう。ええ、あの方、自分がとてもすばらしいと思っていらっしゃるから、よほど立派な子供が育つと考えておられるのでしょうけど」

 「そうですね。お父様の考えるすばらしいお兄様は、おそらく、お父様の考えるようにはならないと思いますものね」

ご自身で当主になりたくないなんて、こんな誰が聞いているともしれない玄関ホールで叫んだというのに、当主になりたくない自分のように育てた子供が当主になると本当に思っているのでしょうか?

あんな考え足らずで、お城の仕事は大丈夫なのでしょうか。どちらにしろ、私たち母娘の生活は、父の給金などには頼っていないので、どう評価されているのかも知らないのですけども。

 「おまえ、とりあえず、この家に住むことと、教育を受ける権利は与えます。衣食住は家に恥じないよう、きちんと与えましょう」

母はことさら冷たく兄となった人に告げました。兄となった人も、状況が分からないなりに、事情を察し、深々と頭を下げておりました。

その点だけは父よりすばらしいかもしれないと、そんなことを考えたのは、私だけの秘密です。



 その後も父は、家に帰ってくることはありませんでした。兄がどうなっているかの確認もなく、兄は、成人のお披露目をすることなく、我が家を去っていきました。

まあ、父のように育てれば、己の好きなことしかしないと同義。勉強こそその後の身になると取り組んでいたものの、貴族としての礼儀作法は、平民であれば及第点程度しか学びませんでした。

もとより平民だったため、貴族のしきたりは窮屈に感じたようで、父の言いつけ通り父のように嫌なことを強制せず、好きに学ばせておりました。服も平民には少し上等程度のものを好んでいたので、外出も好きにさせておりましたし、平民のお小遣いよりは少し多めの金額を持たせていたので、不満もなく過ごしていたようです。

貴族としての体面は残念なことに、守られない程度だったのですが、本人に何ら不満もなかったようでしたので、私たち母娘と対立することもありませんでした。

平民では結婚を許される年齢となった頃、町で出会った平民で好きな子ができたと告げられました。

貴族となるか平民に戻るかを本人に問いかけ、決定権を渡してしまいます。

結婚をするのであれば、貴族ではいられないこと。貴族でなくなれば、この家に戻ることは叶わないこと。

家を出るのであるから、ある程度のまとまった餞別を渡すこと。住む場所が必要であれば、家も追加することを盛り込んだ書面を見せながら、最終的に不満がなければ、サインをして、契約が成立することも伝えました。

ぱっと見たところ不満のでなさそうな利点と不利を上げ、兄だった人に考える時間を与えます。

さすがに、自身の進退を今日の今日で決めるのは、危険だと分かっていたようで、数日考えたいと言われたのです。

熟孝の期間を経て、兄だった人はそれで納得をし、家を出て行きました。どこまで理解していたのかは分かりませんが、娘の方は理解していたようで、他国に移動してから、兄だった人から家がほしいと連絡がありました。

家を購入するのは、そこに定住すること。娘はそこまで理解していなかったのでしょう。ですので街に住むのに必要な市民権もあわせて、家を購入して差し上げました。

二ヶ月ほどの距離のある国のため、そう簡単に戻ることは叶いません。

兄にはもったいない思慮深い娘です。

まあ、もっとも、はじめから兄だった人は私の兄になったことはなかったのですけれど。

平民になる道を選んだのですし、誤差でしょう。



 そうして私が成人を迎え、しばらくたった頃、父が意気揚々と帰ってきました。

 「かの方はどうしている?」

戻ってきての開口一番がこれです。誰かの御凋落を隠れ蓑になるために養子としたのだろうとは思っていましたが、私たちに一言の説明もしていなかったのに。

 「かの方、などというお方はこの屋敷にはおりません」

 「私が連れてきただろうっ」

 「ああ。私が生んでもいない息子のことですか? あの者でしたら、平民の娘と恋仲になり、婚姻をしてこの家を出ていきました。ご安心ください。きちんと、平民として家は出て行きましたから」

 「なんでそんな勝手なことを」

 「勝手もなにも、私はあなたのように育てろと告げられましたので、それはもう、好きなことだけさせておきました。ええ、何一つ叱らず、肯定を返しておきました。何か問題がありましたでしょうか?」

すました顔で、母は教育に何の不備があったのかと問いかけました。

貴族として育てるのであれば、本来不備だらけなのですが、示された教育方針が好きなことだけやらせろでしたので、間違ってはいないはずです。

 「礼儀作法は貴族として必須だろう。いやがったとしても、そのくらいは教育したのだろう?」

無駄に作法だけはきちんとしていると思ったら、祖父母の苦労が忍ばれる言葉。本当に椅子に縛り付ける勢いでたたき込んだのでしょう。

 「貴族として育てよなどと一言もおっしゃりませんでしたから、あなた様を見習うように、好きなことをさせておきました。礼儀作法は好みではなかったようなので、ある程度、そうですね。平民であれば及第点程度は学んだようでした」

すました顔で母は兄だった人に施した教育を告げていきます。歴史や文字などの言葉は好んでいたようで、なかなかのものだった様子。ここにいた間に、五カ国語を修得し、内三カ国語は読み書き会話もほとんど遜色ないほどだったとか。

そのせいなのか、計算はあまり得意ではなかったようでしたが、将来役立つことはわかっていたようでしたので、最低限必要な程度は学んだとのこと。商会で働ける程度だったようですので、商人になるのは厳しいのかもしれません。

意外と未来を見据えて教育の種類を選んでいたのでしょう。

 「私のように育てて、どうしてそうなるんだっ」

その怒鳴り声に私も母も驚きを隠せませんでした。まさかここまで自己肯定が過ぎるとは。

 「やりたくないからと、領主の仕事はかけらもしない。娘が生まれても家に帰ることもない。家族として何かをしたこともない。城で好きな仕事だけして、勝手におもしろおかしく過ごしてらした。貴族としてのマナーも、義父母に厳しく言われなければやりたくなかったのでしょう。礼儀作法は嫌だと言っても学ばされるものだとご自身でおっしゃいましたものね。

それで、どうして領主や貴族になりたい子供が育つとお思いでしたの?」

冷ややかな視線を母と私が向ければ、父はやっと不穏さを感じたようです。

ちらりと私に母が目配せします。いい加減引導を渡せとのことでしょう。

 「喜んでくださいませ。あなた様は、領主の仕事も当主であることもする必要はありません。私の成人の誕生日とともに私が当主となり、母とあなた様は離婚となりました。祖父母にも、当主の仕事を成さないものは我が家の人間ではないとお許しをいただけましたので、私の誕生日を持って、あなた様は我が家の人間ではなくなりました。城に仕えていた功績で、何かしらの爵位をいただいていたのであれば、貴族ではありますが、そうでなければ、貴族ですらなくなっております。その状況で城勤めが務まるのかは私の関与するところではございませんので、ご自身でお確かめください。当主の仕事から解放されましたこと、心よりお喜び申し上げます」

深々とお辞儀をして、労をねぎらいます。労などあったのかは私の知るところではありませんが、やりたくもないのに押しつけられたと常々言っておりましたから、きっと喜んでくれることでしょう。

 「何でそんな勝手なことを」

ご自身の勝手は全く理解されていないのですね。自分の都合の悪いことは起こらないとでも思っているのでしょうか。

 「そのようなことを申されましても。手紙を出しても返事はない。会いに行っても逃げ回る。書類があると仕事場に押し掛ければ、やっと嫌々判を押す。たった一つの判をいただくのに数週間などと言うこともございました。本当に面倒でした。その面倒がなくなると思ったら、祖父母も使用人たちも諸手をあげて喜んでおりましたよ。私が当主になった日は、使用人も分け隔てなくパーティーに混ざり、祝杯を挙げました」

いるだけで負債でした。もう本当に。王城にも、父がいかに仕事をしないかを何度も陳情に行きましたから。

重要な書類は父でないと駄目だといわれ、我が家を取り潰す気かと母と二人で取りすがったものです。

事務方の目の前で手紙を書き、内容を精査してもらい、封をして、送り出したこと数回。彼らも父のあり得なさを理解し、とうとう、代理の母だけで回せるように手配し、私の成人を持っての当主交代を後押ししてくださいました。

あの方々には感謝しても仕切れません。

 「言っておきますが、その書類もきちんとあなた様に送っておきました。家からの手紙を見るとも思っておりませんでしたが、きちんと、これだけはしっかりと目を通してほしいと、伝言はしておきました。それとも、職場ではっきりと母との離縁と当主が交代したとお知らせするのが好みでしたか? せめてもの体面は残そうとの思いやりでしたが不要だったようですね」

呆然とする父に母は実に冷ややかな視線を向けています。

 「どうせ今日帰ってらしたのも、同僚のどなたかに、家に帰れと諭されたのでしょう。ついでに勝手につれてきて、何一つ自身ではされなかった息子でも見てくるかなんて思っていらしたのでしょう。

まあもっとも、最初からあの子供は養子になどなっておりませんでしたけれど」

養子縁組みの手配すら、しなかったのですから当たり前のことです。

何で私たちが面倒事を処理すると思っているのか不思議です。自分のやりたくないことを勝手に処理してくれる機械だとでも思っているのでしょうか。

 「遠回しで告げたところで理解されないのでしょうから、はっきりと申し上げます。

貴方は居るだけで邪魔なのです。我が家の紛れもない負債なのです。私たちは貴方の勝手を補助するために存在するのではありません。家を存続させるために仕方なく後始末をしてきただけのこと。私が成人し当主を引き継げるのですから、そんな負債を抱えておく必要がないのです。

そうですね。もっと貴方にわかりやすく申し上げましょうか。 私たち一同、貴方に関わることは何一つやりたくないのです。やりたくないことをやらないですむ手段があるのですから、そちらを選ぶものでしょう。だって貴方はそうして、当主の仕事も領主の仕事もされなかったのですから」

自身の行いを例に挙げて言われたところで、やっと理解が追いついてきたようで、がっくりとその場に座り込んでしまわれました。

 「私と関わりたくなかったのか」

 「関わりたくないと申しますか。もとより屋敷にも帰ってこず関わっていた記憶もないのですが。戸籍上父であったから父と呼んでいただけで、実のところ赤の他人どころか、路傍の石ほどにも興味も関わりもなかったかと」

きっぱりと告げれば、とうとうさめざめと泣き出しました。自分は父なのだと父として仕事をしていたのだと。よく理解できないことをつぶやいています。

 「私が生まれてから記憶のある限り、父と呼んでいた人の姿を屋敷の中で見たのは片手で数えられる程度。祖父母の方がよほど顔を見ましたしかまってもくださいましたし、誕生日のお祝いも季節ごとのお手紙もくださいました。果たして戸籍以外で貴方を父といえるとご自身で胸を張れるのですか?」

少なくとも私は、戸籍以外で父だと知らしめる術などないと思っているのですが。なにより、私の年も知らないのでしょうし、誕生日など記憶にもないでしょう。

 「私はお前たちのために働いていたんだぞ」

 「それはそれは、ご苦労様でした。そのお前たちが誰のことを申しているのかわかりませんが、少なくとも私は顔も出さず、お金も入れないものを父だとは思っておりませんでしたが。

もっとも城での給金など領地の収入に比べれば微々たるものでしょうから、入れる意味もないのですが」

私の言葉に愕然として父は母を見ています。

 「私、最初にお話しいたしました。帰ってくる気がないようですから、城の給金は好きに使ってください。足りなければ品位を保つ程度はお渡しいたしますと。

あなた様の城での給金で、あの暮らしは出来ません。入れるどころか持ち出しでしたが、そのことも気が付いておられなかったとは思いませんでした」

父は城の給金がいくらだと思っていたのでしょうか。分かっていなかったから、領地を治める気がなかったのですね。このあたりは、祖父母の不手際なのでしょうか。

 「そんなわけがない。領地のないものも普通に暮らせる金額が支払われているはずだ」

 「それは領地がない、子爵位、男爵位、騎士爵、名誉貴族など、低位貴族の方々でしょう。我が家が領地持ちの侯爵家だと覚えていらっしゃいますか? 高位貴族は体面も保たねばなりませんし、領地も富ませなければなりません。まあ、最悪富ますことが出来ずとも、悪化させぬことが求められます。それが高々城の給金でまかなえるとでも? 領地を治めず、税だけ取るとでも? 何を夢みたいなことを。

まあ、もう我が家とは関係のない方です。どうぞこれからも働けるのであれば城で働きお好きに過ごしてください」

母が続けてその程度で暮らせるはずがないことを告げれば、呆然としています。

仕事場で爵位が上だから忖度されていたことも気が付いていないのでしょう。

私たちが城で立ち回っていたのを知っている人たちは、ずいぶんと煙たく思っていたようでしたから。

名誉貴族程度の爵位は今まで功績だと思われていたもので授けられているかもしれないので、最悪城で働くことは出来るかもしれませんが、果たして生きていけるのかは、私にもわかりません。

今まで住んでいた王城であてがわれている部屋も我が家の者でないので住まわせる道理もありませんし、そうなれば、身の回りの世話をするものもなくなるでしょう。

持ち物の持ち出しを許したとして、管理など出来ようはずもないうえに、運ぶ算段などつけられるのでしょうか?

あげていけば行くほどに、生きていける気がしないのですが。まあ、それもこの方の選ばれた自身の人生。好きに生きて死んでいけるのですから本望でしょう。

 「こ、心を入れ替える。入れ替えてきちんとするから頼む。見捨てないでくれ」

おやおや、やっと今頃、自身の人生が崖っぷちだと気が付いたようです。

 「あの、よくわからない者をつれてきたときに聞けていたなら一考の余地もありましたが、今となってはすべて決定事項。今更何一つ覆りませんので、心を入れ替えていただく必要もございません。どうぞ、これまで通り、お好きに生きてくださいませ。当主でなくなったのですから、もう蛇蝎のごとく嫌っていた領地の仕事のことなど、これまで通り頭の片隅に置く必要もありません」

母は一考すると言いましたが、おそらくそれは考えるだけだったと思われます。

本当に存在が邪魔で邪魔で仕方なく、二人きりで、いっそ謀殺できたらと、つぶやいたこともしばしば。

まあ、愚か者にそれだけの危険を冒すのも面倒で、私の成人まで待ちましたが。

 「そんな。嘘だ」

壊れたようにつぶやく父だった人は、その後、呆然としたまま屋敷を去っていきました。

後に聞けば、祖父母を訪ねたそうです。そこで更に打ちのめされ、失意のまま戻れば城には自身の席もなくなっていたとか。

曰わく、平民の席はないとのこと。

あれだけ城に詰めていたのに、名誉貴族にすらなれなかったのですね。何ともお粗末なことです。

そのあとは、王城の部屋と王都の屋敷にあった父だった人の物を、執事に頼み込んで売り払い、小さな家を買って慎ましやかに暮らしはじめたとのこと。

まあ、別に不幸になってほしいわけではないのです。今後、私たちに関わらなければ、どう生きてもらっても構いませんので、後日報告を受け、そうかと、流しました。

これから先は、自身のささやかな幸せを求めてくれれば良いと思います。

こんなつもりはなかったのでしょうが、こうして、貴族としてのしがらみから解放されて、あの父だった人が考えていた自由な生活ができるのでしょうから。



 まあ、それが嫌みだというのも分かっているのですけれどもね。




実は、口の悪い辛辣編があり、これは少し毒がきつすぎるなと、たおやか編に切り替えました。

随分と長いこと弄っていたのですが、やっと落ちが付いて、投稿出来ました。


口が悪いと毒が強すぎただけで、話の構成は、ほぼ変わってないし、途中で酷いなって切り替えたので、辛辣編は終わっていないため、投稿予定はありません。

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すでに指摘されていますが、「父」とされる人物を書きたいストーリーの設定のためだけにあり得ないほどの愚か者に仕立てたせいで却ってリアリティが失われていますね。ちょっとこれはダメです。 特に侯爵家なんて高…
一応侯爵であったのに、父の残念知識のフォローすべき家臣はいなかったのか? 顔を出していたという祖父母はどんな教育を父にしたんだ?常識すら知らないで家族の為に働いていた認識はどう産まれたんだ? 正論論破…
祖父母がまともそうなだけに父が残念すぎますねー。 母は父のフォロー役として嫁に選ばれたんだろうな。 兄は結局どこから預かったお子さまだったのか、ちょっと気になります。
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