駐輪場の屋根が吹っ飛んだって話
自宅の最寄駅から高校の最寄り駅までの間には、4駅ある。
「都会だったら10分もかかんなかったのになあ」
ちなみに、田舎だと30分かかる。もっとかかる所もあるかもしれないが。
そして、高校の最寄駅から高校まで歩いてさらに20分。
『おはようさん、鹿畑』
「おはよう、馬場」
この20分が、1日の間に友人の馬場と話せる時間の猶予だった。馬場とは、高1の時にクラスが一緒だったことで仲良くなった。
しかし、高2では文系と理系で違った事もあって別々のクラスとなった。学校生活において、クラスが違うと言うだけで会う頻度は大幅に減ってしまう。
だから、この登校時間の20分は俺と馬場にとっては大切な時間だった。
それは高3になった今も同じだ。
『なあ鹿畑、聞いたか? 昨日、校舎裏の駐輪場の屋根が風で吹っ飛んだって話』
「聞いたよ。それで、その屋根はどこに行ったんだい?」
『いやそこまでは知らないけど。......確かにどこに行ったかは気になるな』
「そうだろ? もしかしたら、どこかの海で屋根に乗ったサーファーがいるかもしれないね」
『この辺は山ばっかだから海はねえだろ海は』
「じゃあ、......湖とか?」
『違いねえな、水たまりならあり得る』
「水たまりだったか」
「まあ話を戻すけど、その屋根を飛ばした風ってのが武本先生のくしゃみだっていうんだよ』
「武本先生って、あの古典の?」
『ああ、あのどんな事でも源氏物語に例えてくる先生だ』
「......懐かしいね」
『どうやら昨日の授業中、武本先生がくしゃみをしたらしい』
「それだけで武本先生のせいになったのかい?」
『それだけじゃない、武本先生はなぜか窓を開けて外に向かってくしゃみをしたらしいんだ。そして、そのタイミングで』
「駐輪場の屋根が吹っ飛んだ?」
『そういうことだ』
「それは、すごい偶然だね」
『武本先生曰く、"それは源氏の君が藤壺宮の生き写しであった紫上を見た時"くらい驚きのことだったそうだ」
「相変わらず無茶苦茶な例えだね。にしても、昨日はそんなに風が強かったのい?」
『台風が来てたからな。風だけじゃなく、雨も凄かったぜ』
「ああ、台風か。確かに来てたね」
『すげえ大変だったよ。今も歩いてると、水たまりばっかだ』
「水たまりに落ちてる屋根、みつかるといいね」
『そりゃお前、"源氏の君は生涯ただ1人の女性を愛し続けました"ぐらいあり得ないぜ。あ、もう学校つきそうだから電話切るわ』
「うん。今日もありがとう」
『いいってことよ。じゃあまたな、早く学校こいよ』
その言葉を最後に、動画は終わった。
ガラリと病室の扉が開き、母が入ってくる。
「あら、また馬場くんとのテレビ電話見てるの?」
「うん。今日は駐輪場の屋根が吹っ飛んだ翌日のやつ」
「ああ、そんな事もあったわね。確か、近くの池に浮かんでたのが見つかったのよね」
「それ、馬場が見つけたんだよ。でっかい水たまりに屋根が落ちてたって言ってた」
「そうなのね。......馬場くんとは、もう連絡取ってないの?」
母は何だか聞きづらそうにしてるが、そんな深刻な話ではない。
「......屋根見つけた時に池にスマホ落としたせいで、2週間くらい連絡取れないってさ。まあでも」
ガラリと再び扉が開いた。
「直接来れば良いんだぜ!!」