04.ストーカー
「あなたにはストーカーにあってもらいます」
「その予告は聞きたくなかった」
「知らずに遭って疑心暗鬼で傷つくよりはいいかと思って」
「お前とは議論が必要だな」
後追い小僧。山道を歩く人間の後をつける。振り向くと隠れる。子どもの幽霊が異界に近い山で現れたもので、人間に親しみを感じてついていく。
「危害は加えないので、安心してつけられてください」
「安心要素が最低限にすぎないか」
「人のいる場所は初めての子なので優しくしてやってください」
その日から、ずっと後ろをつけられる。何をするでもない。背中に気配を感じる。家にいてもずっと外にいる。窓から外の通りを見る。いる。小さな体を電柱の後ろに隠している。パーカーのフードを被りだした。小雨が降っている。
「せめて入れ」
外に出て声をかけた。気になって仕方ない。どうでもいいと切り捨てるには、あまりに小柄な影だった。近くまで行くと飛びのいて後ずさるため一定の距離を置いて声をかける。
「そんなご迷惑をおかけするわけには」
「外に突っ立ってられるよりはマシだ。気になってゆっくりできない。そっちのほうが迷惑だ」
話し合い、折衝案としてマンションの共用のゲストルームに通した。買ってやった飯の代金は経費にする。フードを取らせた。黒髪の少女。髪はフードに収まるよう顎までの長さで、数束が寝ぐせのように本体からまろびでている。あか抜けない引っ込み思案の田舎娘の体現だった。
「こんなところにいては斉木さんが家を出るときに付いていけません」
なおも渋るが、渋る方向性が変わっている。しくしくと泣きだす。家を出るときは連絡してやることにした。連絡すると翌日は時刻通り出口にいた。共用の浴場とバスローブ、洗濯の利用料金は家賃に含まれている。相変わらず寝ぐせは跳ねていた。その日は美容室へ行く。私床屋さんしか行ったことないですぅ、と泣いていたがどうでもよかった。
「おはよーさん、行くぞ」
「おはようございます、今日はちょっと早くないですか…眠い…」
「置いてくぞ」
「待ってくださいよぅ」
必ず連絡をすることに安心したのか、そのうち家に帰るようになった。マンションの出口で待ち合わせをして外出する。寝坊したと泣き声で連絡が来て、事務所で落ち合うこともあった。その日は一日膝を抱えて事務所の隅にいた。取った出前はしっかり食べていた。
毎日、そんな感じに後をつけてきた。
夜道を歩く。帰り道が分からない。初めて行った出先で、方向感覚を失ったまま歩き続けてしまった。澤井に電話したが「今お昼寝中です!」というアナウンスが流れるだけであった。どうしたものか。スマートフォンの地図を起動したが、位置情報が参照できない。地図では海上にいることになっていた。
進行方向の先が、ぼうっと明るくなった。
今日の後追いは前にいた。スマートフォンのライトを灯して道を照らしてくれる。ついて行くと自宅に着いた。
奇妙な関係だ。
斉木の部屋にチャイムが鳴り響く。ドアの鍵を開ける。少女が転がり込んできた。
「斉木さん!今日はここにします!限定のクレープが売り切れる前に早くハリィ!」
もはや後追いが行く場所に斉木が引きずられて行っている。
斉木は彼女に急き立てられ朝食を流し込み身支度を整える。事前予告は無かった。カラオケや喫茶店デビューに付き合ってやる。ひとしきり都会を満喫した。
そんな日が、3か月続いた。
その日は水族館だった。しかし後追いにいつもの調子はなく、一歩一歩が重い。何かを噛みしめている。ゆっくりと順路に沿って進む。それに付き合った。
順路の最後にはクラゲの展示があった。後追いが意を決したように口を開く。
「斉木さん、ここまでで十分です。もう心残りはありません」
いつかはこの日が来ると知っていた。斉木はそう感じながら、この元ストーカーとともにいることが嫌いではなかった。
「いままで、本当にありがとうございました」
後追いは斉木へ深く頭を下げた。むずがゆくなって傍の水槽に目を移す。
クラゲが浮いていた。水中を上へ上へと登っていく。その先には、外から入る光。クラゲは暗闇の中を光に向かって泳ぎ続けた。光に解けて見えなくなる。
視線を戻した先に、後追いはもういなかった。
今でも時々思い出す。
「斉木さんお久しぶりです。どっかにいいネタ転がってませんかねえ」
事務所に入り込み、ふてぶてしくソファに居座る記者の昔を。
「あんなに初心だった子が…」
後追いは自分で持ち込んだ土産を自分で開封し消費している。彼女は都会デビューを終えた後、一念発起して出版社に就職した。今では時の人や政治家、街のうわさなどいろんなものを追いかける仕事に、追われるようになっていた。
成仏ルートもありましたが、いろんな地方で山のストーカー話が残ってるのをみて
さてはこいつ世にはばかる系だな…?となり
こんな感じになりました