表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/13

03.家にすむもの


 8時30分に事務所に着いた。事務所は開いていたが、澤井は不在だった。勝手にソファに座って待つ。9時過ぎに澤井が来た。赤子を片手に抱いている。はい、と抱っこひもを体に装着される。息つく暇もない早業だった。大人しく赤子を受け取る。


 最初に頼まれたのは小男の世話だった。澤井の後ろにいた男は猫背で俯いていた。やせ型で手足がひょろりと長い。


「この子にあった物件を紹介してくださいね」


 訪問者の名前も素性も知らせず、街の主は去っていった。斉木は澤井のことを台風として処理することに決めた。人知が及ばず、人間の都合に頓着しない。昨日一日振り回されたので、そういった処理をするのが一番効率的だと理解した。小男を見る。やや緊張した面持ちでいる。


「俺はこの街の管理人…雑用係と思ってくれていい。斉木だ、よろしく」


「ご丁寧にどうも、私はテンジョウサガリと申します。この度はどうぞよろしく」


 あまりいない名前だ。言われ慣れているだろう。指摘せず、物件の希望を尋ねる。


 広さや収納、築年数風呂トイレの別は不問、集合住宅を希望。木造であればなお良し。

 この新築の街には似つかわしくない内容。住宅周囲の環境への確認に移る。


「パルクールやボルダリングが趣味でして、そういった設備のある公園やレジャー施設があれば助かります」


 パルクールは障害物や環境の中でスムーズに移動するアクティビティだ。主に都市環境を利用し、建物や壁、手すり、階段などの構造物を駆使して縦横無尽に移動する。ボルダリングと合わせて、体格に似合わず活動的だ。


「では都市部で、木造のアパートなどいかがでしょう」


 いくつかを見繕い案内した。街にはまだ住民が少ない。10個の部屋があれば2つ埋まっているのはいい方で、全く人が住み着いていない区域もある。選び放題の状態だが、テンジョウは案内中も得心がいっていないふうだった。斉木を見ながら首を傾げ、電話で話をしたかと思ったら、また明日くる約束を結んでそそくさと帰っていった。


 明日に紹介する予定の物件を確認してから事務所に帰った。

 澤井は事務所のソファに座って菓子をむさぼっている。斉木の報告を聞きながら、何がおかしいのかケラケラと笑っている。



「やっぱりあなたは面白い。あなたにして良かったです」


「何がだ。今日なんて骨折り損みたいな仕事だったぞ」


「妖怪相手に物件紹介を真面目にやってくれる勤勉なスタッフで嬉しいです」


 不穏な単語が聞こえた。澤井の眦はまだ笑っている。


「妖怪?」


「妖怪」


 そんなものがいるわけない。言いそうになって口を紡ぐ。まあ別にいてもいいか。少なくとも真偽に関わらず、そう自己主張するのは自由だ。人間がなり果てた化け物よりはよほど罪がない。


「聞いてない」


「そういえば言ってなかった」


 澤井はあっけらかんと答える。



「うちはちょっと変わっててね。札付きか訳アリしか来ないから安心して」


「安心要素が無い…」


「まあ今回の客のことは、ちゃんと調べてきたから安心して!」


 澤井の調査結果というものが既に安心ならない。言葉を飲み込んだ。言ってもはじまらない。


 妖怪天井下がり。古い家屋の屋根裏に住み着く。天井からぶら下がっては人を驚かせる。


「アパートの住人に欲しくない人材すぎないか」


「まあそこは。仲間内を出て人間の街に住みたいと思う程度には周りを尊重する性質みたい。少なくとも前科や加害実績は無かったから普通に住宅紹介していいです。さっき呼び出して念書も書かせたし」


 先ほどそそくさと帰っていったのはこいつのせいか。ひらひらと掲げる念書を見る。周辺住民に妖怪の習性に関わる被害を出した場合は私が消す、と綺麗な字で書かれ、テンジョウサガリのものと思しき拇印が押してある。


「念書と言ってもな、こんなの法的には無効じゃないか」


「いやあ、無法にやっちゃうから大丈夫ですよ。ウチのシマ荒らした奴はオトシマエってやつ」


「適当だなあ」


「ま、どうあれ内容は有効だからこのままよろしくー」


 しかし習性というか、性癖が分かったのは何よりだ。推しの住む部屋の壁になりたい類の妖怪なら見たことがある。それとどっこいだろう。紹介しなかった物件からいくつかを抜き出した。明日には入居が決まるだろう。



それから半年。


赤子を抱え、アパートの2階へ上る。片手にはスーパーの袋。チャイムを押すと、明るい声が返ってきた。


「はい。今手が離せないので入ってくださーい」



 ドアの鍵は開いていた。靴を脱いで、玄関の傍のキッチンを抜けてリビングへ入る。


「ばあっ」


 クラッカーが鳴る。伸びたリボンの端を赤子が掴み、熱心に引っ張っている。クラッカーを鳴らした家の主は器用にもリビングの上の中二階に足をかけて上から逆さにぶら下がっている。


「お久しぶりです、天井さん。住み心地はいかがですか」


「付き合いのいい管理人さんもいて最高だね!」


 物件はロフト付き、ロフトの壁を改造可のものだった。ロフトは丈が低いが、キッチンや風呂トイレとリビングの一部が覆われるほど広い。ロフトには窓がなく、床は木製。コンセントもあり、その気になればロフトをメインの居住スペースにすることも可能。天井下がりは紹介時に一目で気に入った。即決だった。入居から半年、近隣住民からの苦情は無し。


 自宅パーティを開催し友人にドッキリを仕掛けるのが好きなだけの、優良な入居者だった。


昔はサーカスのブランコ乗りとかやってた。

サーカスや見世物小屋勤務経験のある住民はけっこういます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ