09.安眠のとりこ
最近は人間さんが多くて困ります。
相談者の言葉に澤井を見る。澤井は違う違う、と左右に手を振った。この街に人間が増えたわけではない。首をかしげる。
今回の相談者は枕返しだった。
夜中に枕や寝ている人の上下を入違わせる程度の児戯のようなことをする。しかし眠りとは生きながら別の世界に通じること。魂の根元たる頭の置き場をさかしまにされると、異界から戻れなくなることもある。死者の魂を死体へ呼び戻そうとしたが、頭の位置を北に直していたため戻れなかった話もある。
眠りの作法を乱す妖怪の現代っ子は眠りに一家言あり。この街で寝具店を営み安眠に最適な高さ、固さの枕を客に助言している。
その店に人間が多く訪れるらしい。
ふらふらと生気のない顔で店の奥から現れる。心配した枕返しが声をかける。最近よく眠れない。人間の客はみなそういって頭を抱える。枕を購入したいと言う人間もいたが、人間の客はいつの間にか消えてしまうため、枕だけが残される。
「眠れなさ過ぎて昼日中、夢うつつで惑ってくるんでしょうね」
「本当にお困りなようなので何かお力になれないかと苦心しているのですが、いかんせん夢の世界なもので、枕など大きなものは持ち帰れないようなのです」
訪れる人間の客は生霊のようなもの。眠りの間に一時こちら側に迷い込む。眠りの専門家の元を訪れるのは本能だ。
「人によっては何度も訪れる方もいらっしゃって。繰り返す都度に、お帰りが難しくなるようです」
「居つかれたら困りますね」
「せめてなにがしかお役に立てるものをお持ち帰りしていただければ、心を残すことはないかもしれないと思うのですが。いかんせんうちにあるものといったら枕か布団くらいのもので」
「こちら側に来た魂より重いものは持ち出しできないんですよねえ。普通の人は頭一個分くらい。それもあんまり業が深いと手のひらに乗る程度に減らされますし」
手軽に持てて安眠をいざなうもの。
「持ち帰るものの制限は重さだけか?体積やほかの条件は?刃物やガスボンベ、リチウムイオンバッテリーなんかの危険物もだめなのか?」
「空港の手荷物検査じみてきましたね。ちなみに液体は一容器あたり500mlにしておきますね」
詳細は今ここで決まっている気がする。軽くて危険でない500ml以下の睡眠導入用品。
自分はあまり詳しくないが、かつて女性が盛り上がっていたものは思い浮かぶ。
「アロマオイルとかは小さくて持ち運びしやすいんじゃないか」
「あっいいねえ香みたいなものでしょう。おびき寄せたり追い払うので焚かれたことがありますよ」
澤井は香の思い出話を始める。物の怪の側の体験談に聞こえる。どうでもいい。
「たしかに、香は先祖の言い伝えなどもあります。現在のはやりなどは分かりませんが、勉強してみたいです。やってみます」
寝具店の店主は光明を見つけて帰っていった。焚かれた経験しかない街の主と、聞きかじりの情報しかない理系男子にはもはや助言できることはない。店主の健闘を祈るばかりである。
もしもあなたが眠れなくて、どうしても昼に意識を飛ばしてしまうなら。
不思議な寝具店の主は相談に乗ってくれる。必要なアロマオイルがあれば調合してくれる。かもしれない。最適な枕について数十分語られるのはご愛敬。アロマオイルの代金と思って、その頭に詰め込んでほしい。




