00.前章
夜空には黒い雲が広がっていた。月や星は厚い雲に隠された。
不気味な光を放つ炎が建物を舐めまわす。町の外れに佇む大きな研究所が、その機能を失おうとしている。
男が藪を掻き分けていた。逃げている。行先は決めていない。建物から離れることができればそれでいい。恐怖も戸惑いも焦げ付いた。何も感じない。
火が出たことは知っていた。安堵した。誰も火事を通報しなかった。この研究を終えていいのだ。終わりが強制されたことに喜びを覚えた。火災報知機は働かなかった。
大木に身を隠す。振り向いて研究所を見る。火の勢いを確認したい。炎は立ち込めた黒雲に手を伸ばしている。爆発音や不自然な炎の色、煙がそこここに満ちている。何も残らないだろう。それがいい。
男は途切れ途切れの呼吸音と共に、ある小川に辿り着く。彼は一瞬立ち止まり、周囲を警戒しながら小川を見つめた。川幅は狭い。水面に月の光が映る。深さは知れない。木の根を裂いて、深く、深く、地の底まで繋がっている。
背中が熱い。
風に吹かれてざわめく木陰が暗雲に見える。
小川はとても狭い。
男は足を伸ばして小川を渡り、反対側の山林へと踏み出した。
こちらの話は主人公の職場が燃えただけで特に意味はありません
よろしければ心の中で仕事場を燃やして後にしたいときにお使いください