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小さな椅子  作者: 珉砥
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  「先生、ドッジボールやろうぜ」

  五分刈りに綺麗に揃えた丸い頭の山田楓が昼休みに誘って来た。それとほぼ同時に

  「先生、ゴム飛びやろう」

  と棚端の横で高橋貴子の小さな声が聞こえた。

  棚端は困って首を傾げた。

  「ずりーぞ、おれが先だぞ」

  山田が貴子に食ってかかった。山田は馬鹿だが、素直な子供らしいやつで、高橋貴子は人に優しく接する良い子というのが棚端の印象だった。

  「どっちもやろう」

  と苦肉の策を提示すると、

  「女ばっかひいきしてるからな、ゴム飛びだぜ、絶対」

  小憎らしい顔をした菊地がつぶやくと、

  「ひいきずるいよな」

  と子分の中島が賛同した。

  「先生はどっちもやろう、って言ったよ」

  高橋貴子が正論をはく。

  「なんだお前、女のくせに偉そうだな」

  菊地が凄んだ。貴子は何も言えずに唇を噛んだ。

  「何よ、女のくせにって」

  北川由美が少し後ろの方で声を上げた。

  「何だお前、先生に贔屓されてるからって偉そうに言うなよ」

  中島が北川を威嚇した。確かに棚端は北川由美を贔屓していたし、可愛がっていた。全て棚端の言動が原因ではある。

  「時間がなくなるから外に出よう。まずはドッジボールからな」

  棚端はそう誤魔化してみんなを校庭に誘導した。

  ふと下駄箱で一瞬1人になった高橋貴子を見つけて

  「ごめんな」

  と声をかけた。貴子はにっこりして

  「ドッジボール終わったらゴム飛びだよ」

  と言った。棚端は3度細かく頷いた。

  結局ドッジボールに時間を取られてゴム飛びは3分しか出来なかった。棚端チームに勝った山田はご機嫌でチームメイトの菊地と中島も鼻息を荒くしていた。

  いつの間にかそばに来ていた高橋貴子は

  「先生、明日も遊ぼうね」

  と笑った。

  その日棚端は職員室で成績表の作成をしていた。この学校では1人の児童に対して同じ成績表を3つ手書きで作成する必要があった。校長へ提出する分、教務主任に提出する分、児童に渡す分の3種類だ。

  校長に見せる分は教務主任用と同じ物で良いだろうと誰もが思うのだが、白目の黄ばんだ校長の命令で無意味な仕事が増えている現状らしい。

  棚端は心底馬鹿らしいと思っているが、付き合うことになった藤谷以外には話さなかった。恐らく全員そう思っているが飲み込んでいるだろうことは容易に想像できたからだ。社会とは実に理不尽な人間関係の集合体だな、と棚端は痛切に感じた。

  作業中に修正液を教室に置き忘れたことに気づいた棚端は仕方なく取りに教室へ戻ることにした。

  教室に近づくと何やら騒がしい。2年生はとっくに下校時間を過ぎていたし、30分ほど前に帰りの会をして全員を教室から送り出したはずだ。不審に思いつつ近づくと、やはり児童の声がはっきり聞こえてきた。何やら楽しそうだ。窓から覗くと菊地と中島が山田、小川、横山などになにやら指示をしている。見ていると山田が袋から紙を取り出して読み上げた。小川が黒板にチョークで文字を書いた。『北川』と見える。次に山田は「井上」と読み上げ、横山が黒板にその名を書いた。

  何らかの投票結果を集計している様子に見えた。棚端には何も思い当たらないので、児童たちが自主的に何らかの投票を行ったのだろう。

  ふと、山田と目が合ってしまった。

  「おっ、先生だ。先生!」

  山田が声を上げると、みなこちらを向き、

  「先生、先生!」

  と大合唱が始まった。それに呼応するわけではなく、予定通り棚端はドアを開けて教室に入った。

  「何しに来たの先生!」

  横山が意味もなく叫んだ。

  「忘れ物を取りに来た」

  棚端は机の上の修正液を手にした。

  「お前らは何やってんだよ。もう帰る時間だろ」

  「順位決めてんだよ」

  ふてぶてしい顔の菊地が偉そうに言った。本当に小学2年生なのかと疑いたくなるような悪人顔だ。

  「何の?」

  棚端もそう聞かざるを得ない。

  「クラスのかわいい子の順番だよ」

  中島が嬉しそうに言った。

  「先生も紙書く?」

  山田が投票用紙に使ったであろうノートの切れ端を突き出した。

  「先生は決まってんだよ」

  菊地が笑いながら言った。

  「分かった!北川だ!」

  山田はそう言ってはしゃいだ。

  「お前らこんなことやって面白いの?」

  棚端の問いに

  「やっぱり誰が1番人気か大事じゃん」

  と中島がもっともらしく言った。

  「へえ。しかし、おれが女子を贔屓してるという割にお前らも女子好きなんだな」

  そう棚端が言うと、

  「当たり前だろ」

  としたり顔で菊地が言い放った。

  「おれ女好きだもん。保育園の時先生のおっぱいに顔うずめてたからな」

  菊地の言う内容に棚端は呆れた。こいつ、やっぱりおっさんなのか?

  「おれは、スカートの中に頭入れたぜ」

  山田か誇らしげに言った。棚端は聞いていられないなと思い、

  「あんまりそういうことは言わない方がいいんじゃないかな」

  と忠告すると、

  「やっぱりセックスしたいじゃん」

  と菊地。棚端は頭を抱えたい気分に陥った。

  「何それ?」

  横山が不思議そうな顔で菊池をみた。

  「子どもは知らなくていいんだよ」

  菊地が含み笑いで言った。お前も子供だろうと棚端が心中で突っ込むと、

  「菊地もこどもじゃん!あはは」

  と山田が声を上げて笑った。

  もう付き合っていられないと判断した棚端は

  「集計終わったらすぐ帰れよ」

  と言い残して教室を後にした。

  「オッケー」

  と子どもたちは口々に言って自分たちの仕事に戻った。末恐ろしい奴らだなと棚端は独りごちた。

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