レトルト
大学でひとつまみほどには面白いが大半はつまらない講義を受け、昼休みを迎えた。
俺は昨日までもそうしていたように、大学の食堂へ向かった。食堂は特別おいしいわけではないが、とにかく安くて量が多い。そういう点は他大学の学生からも評価は高いらしく、私もそう思う。名物はカツカレー。しかしこいつは少々お高いので、コロッケ定食あたりを注文するのがベターだ。
しかし、A国とB国の間で紛争が起き、C国にはバッタが大量に飛来し、D国は財政破綻の危機を迎え、バタフライ・エフェクト(あるいは、バッタフライ・エフェクト)的なアレがアレして、
「ごじゅうえん、ねあがりしとる……」
俺は食券の券売機の前で硬直してしまった。
「あの、いいですか」
後ろから女子学生が声を掛けてくれたおかげで意識を取り戻し、一旦券売機から離れる。
どうしたものか。五十円ごときで逡巡しやがって情けないやつだ、と内なる俺が囁く。そう、五十円ごとき、なのだ。そうとも、カツカレーだってコロ定より百五十円ばかし高いだけだ。大学の外で食べようと思えばもっと高いんだから、かなり良心的さ。食っちまえ、食っちまえ。
いや、待てよ。せっかくなら変わり種を注文してやろう。カツカレーを頼むのはもはやつまらん。そう思って券売機を眺め回してみたが、思い返すと俺はカツカレーよりコスパの良さそうなメニューは大体制覇していて、カツカレーと同じくらい人気も値段も高いメニューは準名物メニューとして「つまらん」認定している。
ならばここに用はない。幸い次は授業がないし、大学の外で何か見つけよう。この際値段は度外視だ。変わったものを食う、それだけだ。
俺は大学を出て、少しばかり歩いてみた。
大学へ続く大通りはこの時間かなり賑わうが、少し路地に入るとしんとした住宅地が広がる。勘のいい方はお気付きだろうが、俺は路地を好む。大通りにある店は「つまらん」のだ。というわけで大通りをまっすぐ進んで三つ目の路地に入る。……ビンゴ。何やら奥の方には店があるらしく、看板に、「ハンバーガー」と書いてある。
ハンバーガーといえば某チェーンや某チェーン、はたまた某チェーンを思い浮かべる人もいるだろう。俺はちなみに某チェーンが好きだが、今日は全くチェーンではないハンバーガーショップに入ることになる。店に近づき看板を見ると、そこには「ハンバーガー成や NARIYA」とある。
「なりや」
一度口に出してみる。いい名前だ。ますます入りたくなってきた。少々重たい扉を開き、店内に足を踏み入れる。
無人である。完璧な無人。そして店内は、壁が見えないほど自動販売機が並んでいる。つまり、ドンピシャに変わり種である。俺はテンションが上がって思わず笑みがこぼれた。
ひとまず自動販売機の一つに近づくと、やはりハンバーガーの自動販売機らしい。隣も、その隣もである。豊富な種類のバーガーが並び、値段も安く、一つに決めるのは難しそうだ。
十五分ほど掛けて、ざっとではあるが全ての自動販売機を確認し、ようやく候補を三つに絞ることができた。
①「トリプルハンバーガー」。一体何が三つあるのかわからないところに惹かれた。何かが通常の三倍であろうはずなのに、ほかの普通のバーガーと値段が変わらないのも不思議である。表示されている商品の画像は、なぜか破損しているらしく、謎がマリアナ海溝並みに深い。
②「ギタリスト」。店内でもっとも意味不明な一品。商品画像は普通のバーガーっぽいが、画質が悪いので詳細は不明。美味しくても不味くても話のタネになる。
③商品名が異様に長いバーガーである。「シェフの」から始まり、「九州」だの「ベテラン」だの「力強い」だの節々に目を引く単語が用いられ、途中で短歌が二首詠まれ(どうやら恋する二人の贈答歌)、最後は「……というバーガー」で締めくくられる。食堂のカツカレー二食分の値段だが、安く見えてくる。
以上三つ。どうしようか。①と②を両方買うという手はある。③の強烈なインパクトも捨てがたい。全ては買えないし、財布の都合上③は単独でしか買えない。であれば①と②を両方食べるのが良いだろう。ということで①と②が入った自販機をそれぞれ探して小銭を入れ、目的のバーガーを手に入れた。
まず「トリプルハンバーガー」だが、袋に何やら書いてある。「お湯をかけて三分お待ちください」。レトルトのハンバーガーなんて初めてだ。しかしお湯など持っていないと思ったが、店の隅の方にコンロとヤカンがあり、水道も引いてあるのに気づいた。指示通りにお湯を沸かし、ハンバーガーにかけ、しばらく待つ。
すると、なんということか、ぼこぼこという音とともにハンバーガーが膨らみ始め、三分後には本当にハンバーガー三つが生成された。どれも普通のハンバーガー同様の大きさで、なぜ同じ値段で売っていたのか謎が深まったが、とりあえず食べてみる。……おいしい。今世紀でもっともコスパの良い食品だろう。レトルトなのも新鮮だった。
続いて「ギタリスト」。袋には「トリプル」同様お湯をかけるように指示が書いてあった。これもレトルトか。いや、この店のハンバーガーは全てレトルトだ。ふと見上げた天井に大きな文字で「レトルト」と書き殴られていたのだ。
お湯を掛けて三分。するとハンバーガーからギターの音が聞こえてきた。しばらく聞き入っていると、
「こんなのロックじゃねえ!!!」
ハンバーガーが喋った。と同時にハンバーガーは、ポンと音を立てて破裂した。十分ロックだと思った。
トータルで見ればハンバーガー二つ分の値段で三つハンバーガーを買ったことになり、おまけに何やら演奏を聞けたので、俺が得をした気分になった。時間もいい頃だ。店を出ようとしたその時、
「こんにちは」
いなかったはずの店主が現れた。
「ここはレトルトの世界です。私たちもレトルトの存在で、店自体もレトルトの存在です。私はこの世界でもっとも高等な生活を送り、食べものを提供します。それは仕事です。私が人の姿で存在するか、食品の姿で存在するかは、確率で決定します。しかしレトルトでない存在になる確率はゼロです。私はあなたをレトルトにしたいです。あなたにはそれができないとあなたは思うでしょう。あなたがレトルトになる確率は存在します。それは矛盾しません。そしてその確率は今観測された事象により確かめられました。自動販売機に格納します。ようこそ!」
『けちな大学生 290円』