98話 最強
「ステラか」
王都から少し離れた平野で二人の幼馴染が顔を合わせた。こうしてちゃんと顔を合わせられたのは実に五年ぶりであろう。
「……やっと会えたよ」
「ステラが忙しすぎるせいだろ」
「他人の事言えないよ。私が休みの時、会いに行こうとしたら決まって任務に行ってたんだから」
休みの時とはいえステラに与えられる自由な時間などほとんど存在しない。その限られた時間の中で騎士として活動しているオリベルと都合を合わせるなどほぼ不可能であった。
「ちょっと話そうよ。話したいことがいっぱいあるんだ」
「そうだね。ちょうど僕もステラに話したいことがある」
二人は追う側と追われる側という状況を理解していながらも近くにあった大きな木の根元で肩を寄せ合う。
どんな状況であったとしても二人は仲の良い幼馴染なのである。そこには敵味方の関係など存在しないのだ。
「私が連れていかれたときの事、覚えてる?」
「覚えてるよ、鮮明に」
あの日の出来事はオリベルの人生に大きな影響を与えたもののうちの一つだ。忘れる筈がなかった。
「あの時言わなかったけど私王都に行くの、すごく嫌だった。オリベルに行くなって言われた時、うんって言いそうになるくらいにはね」
ゆっくりと思い出しながら言葉を紡いでいく。その姿を隣で穏やかに見守るオリベル。
二人だけの時間。つい五年前まで当たり前にあった失われてしまったこの時間を噛みしめるように二人で味わっていく。
「でも英雄って世界に一人しか居ないんだってね。それに英雄が居なかったら神を撃退することはできても滅することは出来ないんだって。それじゃあ私が挫けるわけにはいかないじゃんってなって英雄になる事を承諾したんだ」
「……そうだったのか」
人知を超えた神という存在。神を滅ぼすことが出来るのはそれと同等の存在でなければならない。たとえ『神殺し』であろうとそれを実行できるのはステラしか居ないのだ。
それこそ神の力を行使できるグラゼルすらも未だ神を滅ぼすには至っていない。
人類はステラという英雄の存在に頼りきりなのである。
その重圧は計り知れないものがある。まだ15歳の少女にそれが圧し掛かっているのだ。
「ステラは偉いよ。僕だったら自分の事しか考えられない」
「そんなことないよ。だって友達を助けたいって言ってたってグラゼルから聞いたよ。多分、昔からそういうところは変わらないんだと思う」
「そうかな」
「そうだよ」
それから二人はこれまでの思い出をポツリポツリと語り始める。オリベルの頭の中には自身が逃亡中のみであるという事はすっかり消えてなくなっていた。
「オーディに会ったんだ」
「うん。中々に振り回されたよ。昔のステラみたいに」
「私はそんなに振り回してないよ」
「うっそだ~」
「嘘じゃない」
他愛のない話から悩み事まですべてを語り合う二人。いつまでも続くかと思えたそんな時、付近にぞろぞろと何者かが集まってくるのが分かる。
そうしてステラと会話をしており魔力感知などとうに忘れていたオリベルの目の前には三人の白い制服を身に纏った騎士団員たちが現れる。
「やっと見つけましたよ~ステラ様。って、逃亡犯居るじゃん!」
「ソフィリア。まだ逃亡犯ではない。まだな」
そうやり取りを交わすのはいつぞやにオリベルとすれ違ったことのあるピンク髪の女性ソフィリア・ギルバートと茶髪に眼鏡の男性ゼラス・ファインガードである。
それともう一人。
「ステラ様。今、どういう状況か教えてくれますかい? 見たところそこの小僧と仲良くしてるように見えますけど、説得は成功したんで?」
そう話しかけてくるのは神殺しナンバー4の男、ネルア・ゼファルスである。ワイルドに赤い髪をかき上げ、耳にはピアスまでついている。
「……オリベル、ごめんね。ちょっと仕事をしなくちゃいけないみたいなの」
「仕方ないさ」
そう言うとオリベルは立ち上がり、ステラの傍から離れる。そして少し歩いたところでクルリと振り返るとステラを含む神殺したちの面々を眺める。
「僕は騎士団に戻るつもりはない。やりたいことがあるんだ」
大鎌を手に持ち、そう宣言するオリベル。その宣言を無感情に眺める神殺したち。ステラだけが唯一、悲しそうな顔を浮かべる。
「てことは反逆者で良いって事よね♪ さてと、やっちゃいましょうよ」
「仕方ない」
「たくっ、若造が。生き急ぎやがって」
「待って!」
そうして各々で武器を構え、オリベルと対峙する神殺したち。常人離れした魔力がそれだけで世界を圧倒する。
その様子を見たステラは木の根元から腰を起こし両者の間へと立つ。
「あなた達がオリベルを傷つけるのは許さない」
そう言い放つステラから放出された魔力量は最早理外の存在であった。
三人の放つ人知を超えた魔力をも軽々と超えたその圧力に、知らず知らずのうちに神殺しと言えど震えそうになるほどであった。
「す、ステラ様?」
「この人は私の大事な人です。反逆者だからって関係ない。部外者が彼を傷つけるのは絶対に許さない」
圧倒していた魔力が更に力を増して三人を圧倒する。理を超えたその力の前に抵抗できる者など居ない。たとえ人類で最強格であってもそれは同じことであった。
二本の足がまるで地面に刺さっているかのように一歩も動かない。まさに世界最強の存在である。
三人が抵抗できない様を見たステラは次に穏やかな心持でオリベルの方を見つめる。
「オリベル、ごめんね。本当はあなたの生きる道を応援したい。でも私は英雄なの。こんな大変な世界で私があなたの側についたら本当にみんなの希望が無くなっちゃうから、だから」
涙を堪えながら取り出すのは英雄としての証である大いなる剣、『神剣アレス』だ。歴代の英雄だけが扱えるその最強の剣はまだうら若い少女の手に重くのしかかっているのだ。
「私はあなたを止める。あなたが私を超えて」
「分かったよ」
対峙するオリベルが握るは不死神の大鎌である。不死神VS英雄。皮肉にも幼い頃の遊戯が現実のものとなった瞬間であった。
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