95話 事件の後
王城の中が副大臣による王族の殺害未遂の話題が持ち切りになっていた頃、それを食い止めた本人はというと、冷たい牢獄の中に居た。
拘束はされていないもののまだオーディ王子の意識が戻っていないとして一応容疑者としてディアーノ軍務大臣によって放り込まれていたのだ。
そんなオリベルの下に一人の険しい顔をした黒髪の男が歩いてくる。
「オリベル騎士団員。嫌疑は晴れた。出ろ」
ぶっきらぼうにそう告げるのはウェルネス・ディアーノ軍務大臣である。
「殿下はご無事ですか?」
「ああ。今意識を取り戻したところだ」
そしてオリベルによって助けられたことが明るみになったのだろう。オーディ王子が生きているのは知っていたが、意識も取り戻せたという話を聞いてホッと一息を吐く。
たとえ死期が伸びたとしてもそれで意識が戻らないようでは本当に助かったとは言い切れないからである。
それからウェルネスに連れられて王城のいつもの監視部屋へとたどり着く。
「今回は殿下を助けるために仕方なかったとはいえ、次脱走すれば罰則を課することとなる」
「はい」
ウェルネスに対するオリベルの返事は実に素っ気ないものであった。しかし以前の様にそれについて何の感慨もない様子ではなく、明確に次の行動を決めているが故の無関心である。
ばたりと閉まる扉の部屋。そして勝手知ったる部屋の中をゆっくりと歩いていき、そのままベッドに倒れこむ。
「さて、どうするか」
そう呟いた後、その日はそのまま眠りにつくのであった。
♢
「よお、元気かオリベル?」
事件から少し経ってオーディ王子がオリベルの部屋を訪れる。まだ傷が完全に癒えきってはいないのか、所々に包帯がまかれている状態だ。
そしてその後ろから顔を出した存在にオリベルは驚きの表情を見せる。
「殿下。それにリュウゼン隊長まで」
「遅くなって悪かったなオリベル。ここ最近、第二部隊に昇格してからすぐ前線での任務が入っちまってな」
「いえいえ。来てくれるだけでありがたいですよ!」
同じ部隊員と会うのは、かれこれ故郷に帰る前日ぶりである。既に懐かしさすらも感じるオリベルにとってその来訪は嬉しいものであった。
「なんか変わったか? 前のお前なら、もっと素っ気なかった気がするんだが」
「変わりましたね、たぶん」
死期に対するオリベルの心構えが変わり、それがきっかけであまり感情を隠さないようになったのだ。
「まあ良くなってんだったら良いんだけどよ。てっきり監視生活で気が狂っちまったんじゃねえかと思ってな」
「それは大丈夫だぜ、リュウゼン。なんたって俺が居たんだからな」
リュウゼンが心配を寄せる一方でオーディ王子が胸を張ってそう言う。
「いや、あんた助けられた側だろ」
「ぐっ……ま、まあそうだけど」
「ははは」
そうは言うもののオリベルがこの生活の中でオーディ王子に助けられていた節はあった。空虚な時間もステラという共通の話題で盛り上がれる数少ない話し相手であったのだ。
恥ずかしいのか面と向かってオリベルが言う事はない様子ではあるが。
「てか明日、殿下の王太子任命式じゃないですか? こんな所に来ていて良いのですか?」
実はオーディ王子が怪我をしたという事で王太子任命式の日程がずれ込み、明日となっていたのである。
そんな大切な日にオリベルの部屋に、それも自身の部隊の隊長を連れて来るとは一体何事かと勘繰る。
オリベルのその様子を見て、ふふん、と悪戯な笑みを見せるとオーディ王子はリュウゼン隊長の肩に手を置いてこう述べる。
「あの事件があって以降、このままじゃ命が危ないってことで更に腕利きの騎士が俺に配備されることになってだな。さっき、第二部隊が俺専属の護衛騎士に決まったのさ」
「へ? 本当ですか?」
「ああ、本当だ。まあ、別に前線での任務は今まで通り行ってもらうが、活動拠点が変わるって感じだな。王太子専属だからそれこそ『神殺し』と共同の訓練場になるんだぜ? どうだ、いかすだろ?」
「『神殺し』と同じ……それは凄い」
前線での任務をこなし、かつ普段は王城で王子の護衛も務めるという。おまけに訓練場が『神殺し』と同じときた。かなりうまい話ではある。
今までよりも更に上質な訓練が出来る上に下手をすれば神殺しとの合同訓練も可能になるかもしれないのだ。
目を輝かせてるオリベルに誇らしく話していた二人だが、ふとその顔に陰りが走る。
「ただ、問題はお前だ、オリベル。俺直属の部隊になってもお前の軟禁を解くにはリスクが高いって話になった」
「ホント、クソな話だぜ! 俺に黙って攫ったくせによ!」
先程までとは打って変わっていら立ちを見せるリュウゼン隊長。オーディ王子も少し悔しそうな顔を見せる。
「それなんだよなー。王太子になったとはいえ、国王が許さん限りは勝手に解放できねえし。まさかこうも強情だったとは思わなかったぜ」
元々、オーディ王子は王太子になって権力を握ると同時に、オリベルの開放をしようと企んでいたのだ。
それを少し茶化してあんな感じで言っていたのが実現できなくなり、不満を抱いている状態だ。
「気にしないでください。考えがありますので」
「「考え?」」
「はい。これを機に騎士団から抜けます」
いったん、三人の間に沈黙が流れる。そして次の瞬間、爆発的な大声が聞こえてくるのであった。
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