93話 凶刃
「やっぱりここか」
暗殺者が放ったナイフを手刀で落とすと、オリベルはそう呟く。
事前に兵士たちが居ない場所を把握していたオリベルにとってオーディ王子が狙われそうなところを特定するのは容易な事であった。
そもそもの目的はいざとなった時にいつでも駆け付けられるよう、脱出ルートを探っていたわけだが、オーディ王子の死期の事もあったため、同時にそんな場所を調べていたのである。
ウォーロット王城の中庭は少し陰りとなり、周囲からの視線が一切切れるところがある。そこがまさにオリベルが今立つこの場所である。
「なっ、お前」
「ふん、貴様が来ることなど私も予想していた。新米騎士一人増えたところで何も怖くないわ」
暗殺者の言葉は突然の護衛に対するはったりでも何でもないのだろう。
現に、オリベルの瞳に映し出されているオーディ王子の死へのカウントダウンが止まっていないことからこの段階では何の影響も及ばせていない。
「出てこい、お前達」
暗殺者の男がそう言うと、男の足元にある影の中からゾロゾロと黒い何かが這い出して来る。そしてそれは徐々に人型を形作っていくのである。
「なるほど。道理で変な感じがしたと思ったんだ」
魔力感知では複数人居る筈なのに、見た目では一人しかいないという矛盾が解ける瞬間であった。
「影属性か。なんつー暗殺向きの属性持ってやがる……てかオリベル。お前、それ以外の武器持ってるのか?」
「持っていませんよ。ですが、安心してください殿下。あまり力は出しませんので」
そう言うとオリベルはぞっと寒気がするほどの威圧感を出す、大きな黒い鎌を背中から取り出し、暗殺者たちに向けて構える。
「まあ、目立った方が俺としても良いわけだが」
ここは人目の付かないところだとは言え、王城のど真ん中である。音が鳴れば誰かしらはすぐに駆け付けてくるはずなのだ。
ただ、そこは暗殺者でも分かる事であった。
「ナギサ、やれ」
「了解、リーダー」
影属性魔法の男が近くにいた女性に指示を出すと、女性を中心とした半透明な半球がオリベル達を包み込む。
そして次の瞬間、周囲の風景がガラリと変わる。
つい先程までは王城の中庭であったのが、いつの間にかオリベル達は何もない真っ暗な風景に囲まれて立っているのであった。
「転移魔法? 嘘だろ? そんな魔法がまだ残ってるはずが」
「ちと違うぜ、王子様。こいつの魔法の属性は遮断だ。周囲からこの半球の中の情報の一切を遮断してるのさ」
つまり、女が作り出したこの半透明な半球の中で行われる衝撃、音などもろもろの情報が外の者に伝わらないという事である。
まさに暗殺特化の魔法だ。
ただ、それほどの魔法を持続させるのは消耗が激しく、ナギサと呼ばれた女の額には既に脂汗が浮かんでいる。
「じゃあさっさと終わらせるぜ!」
その合図とともに暗殺者たちが凄まじい勢いで飛び掛かってくる。
「殿下、逃げられます?」
「いや、無理だな。囲まれてるし」
いつの間にか半球の中から誰も逃さまいと暗殺者達がオリベル達を囲んでいたのである。
これではオーディ王子が一人で逃げられる訳がない。
「やるしかないか」
飛びかかってくる暗殺者達に向け、軽く大鎌を振るう。
すると次の瞬間、黒く大きな斬撃が全員に向かって打ち出される。
その威力はまさに破壊的。
ある者は手に持っていたナイフで防御するが、防ぎきれずに被弾。
またある者は魔法で防御しようとするがそれもあえなく失敗する。
ただ、その中でオリベルの斬撃から逃れた者が一人いた。
影属性魔法を扱うあの男である。
この男こそが暗殺者達のリーダーであった。
いつの間にかオリベルの目前へと迫っていたその男は、大鎌を振るったばかりの隙だらけなオリベルへと剣を振るう。
「ちっ、早いな」
剣がオリベルの身を割かんと、振り下ろされた瞬間、大鎌がその剣に叩きつけられる。
その超常なる身体能力をもってして強引に防御へと間に合わせたのである。
男は忌々しげに白髪の少年が持つ金に光る眼を睨みつける。
しかし少年はそれに怖気付くこともなく、また睨み返すこともせずに淡々とその眼を見つめている。
「じゃあね」
刹那、黒き刃が迸る。世界が分たれたかと思うほどの衝撃。
それは不死神の力の片鱗を見せると共に静寂の空間を切り裂く。
そして影属性魔法の男と遮断属性魔法の女がその場で崩れ落ちる。
これがウォーロットの騎士と暗殺者との間の格差である。
いくらその筋のプロとはいえ日々化け物どもと闘っている正義の化け物に戦闘で敵うはずもない。
「これで終いだ」
そうしてオリベルが残党に向けて大鎌を振おうとしたその瞬間、影属性の男がニヤリと笑みを浮かべる。
「それはこちらの台詞だ」
次の瞬間、オーディ王子の足元の影が揺らぐ。オリベルがそれに気がつき引き返そうとするも最早手遅れであった。
影から飛び出してきた複数の暗殺者達の凶刃が襲う。
オーディ王子も剣を構えて応戦しようとするが、それももう無意味であるかの如く容易に捌かれ、
「殿下!」
ドスっという生々しい音があった後に、オーディ王子の体がゆっくりとその場で倒れるのであった。
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