88話 監視生活
「今日からお前の部屋はここだ。トイレなど必要な設備は全て揃っている。食事も必要時には運んでくる」
「はい」
いつぞやに目にした大臣、ディアーノ大臣の言う事を一つずつ素直に聞いていくオリベル。
オリベルが王都に帰還した際、既に彼等の我慢は限界を迎えており、第二部隊の周りで張っていたのだ。
そしてオリベルが帰ってきたのを見計らってここに連れて来られたという訳である。
「これから任務時以外の外出は許さん。扉の前には兵士が見張っている。変な気は起こすなよ?」
そう言うとディアーノ大臣は部屋を後にする。
王城のとある一室。とてもではないが、騎士団員ですら気軽に会いに来れる場所ではないだろう。
隊長ならば話は別だが。
これから暇になるな、と独言ながら部屋の中央に置かれている大きめのベッドに倒れ込む。
故郷から王都までの道のりで既に体は疲弊していたのである。
フカフカのベッドがオリベルの体を癒していく。
王城の中だけあって部屋の中は最上質の設備で取り揃えられている。
下手をすればVIP待遇にも見紛うが、オリベルにとってはあまり魅力的ではなかった。
オリベルの新しい目的、それは死期が早い者、早まった者を救い出していく事。
寿命であらばオリベルにはどうしようもない事だが、魔獣によるものなどであればなんとかしようがある。
それを可能な限り救っていく。
もちろん、一番の目的がステラを死期という呪縛から救い出す事というのは変わりない訳だが。
そんな時、オリベルの部屋をノックする音が聞こえる。
もうかなり遅い時間だ。こんな時間に訪ねてくるのは誰なのかと思いながら、オリベルがはいと返事をする。
そうして扉を開けて中に入ってきたのは見覚えのある人物ともう一人、知らない男性であった。
「セキ隊長。それと、えっと」
もう一人の男性の方に顔を向け、一瞬ドキッと胸が跳ねる。
「リュウゼンと同じで失礼な奴だ。このお方は……」
「あ待ってセキ。俺から説明させてくれ」
見た目はオリベルとそんなに変わらないように見える藍色の髪の青年。
しかしその会話のやり取りでセキよりも高貴な存在である事が分かる。
「俺の名はオーディ・フォン・ウォーロット。この国の第一王子さ」
告げられたビッグネーム。
「あっ、すまない。驚かせてしまったか? 別に肩書きで脅そうなんて思ってないんだ。ここまで名乗るのは癖なんだよ」
オリベルが顔を引き攣らせている意味を勘違いしたオーディ王子はそう謝罪する。
「い、いえこちらこそ失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした」
取り繕おうとしたのが逆に良くなかったかのか言葉の節々に動揺が見られる。
「それで今回はどういったご用件でしょうか?」
「……本来ならば私一人のつもりだったんですがね」
「ハハッ、まあ良いじゃないか。俺だって会ってみたかったんだよ。ステラからしょっちゅう聞かされてたからな」
「ステラのお友達ですか?」
「まあそんな所だな。オリベルが故郷の幼馴染って言うならステラがこっちに来てからの幼馴染って感じだな」
その言い方にオリベルは少し引っかかる。
何か自分の中の大切なアイデンティティが崩されたかの様なそんな不思議な気持ち。
そんなオリベルの気持ちを知らず、オーディ王子は話を進めていく。
「ステラが毎回言うんだよ。自分くらい強い奴が故郷に居るって。英雄と同じくらい強いなんて嘘みたいな話だろう? だから会ってみたかったんだ」
「そんな事を言ってたんですね、あいつ」
そう呟くと今度はセキの方へと顔を向ける。
「それでセキ隊長は?」
「私は先日の任務での礼を告げに来ただけだ。その、なんだ」
照れ臭そうにしながら、スッと頭を下げる。
「あの時は助かった。ありがとう」
「あーいえ、あれは僕も助かりましたので」
予想だにしない隊長からのお礼。そしてあっさりとし過ぎるオリベルの返答。
両者がそれに満足している様な雰囲気を感じ取ったオーディ王子は一瞬戸惑いを見せるがそういうものかと判断する事にする。
本音では第一部隊の何があっても頭を下げることはないと言われているあのセキ・ディアーノが頭を下げているという事実に驚嘆しているのだが。
「ふっ、変わっているな貴様」
「そうでしょうか?」
セキも頭を上げると満更でも無さそうな顔をしてオリベルの方を見る。
変に畏まられるよりもオリベルの様にあっさりとした対応の方が気が楽であったのだ。
「俺から言わせればお前も変わってるけどな、セキ」
「いえいえ、殿下に比べればそこまでではございませんよ」
そういうところだよ、と言いたくなる口を押さえるオーディ王子。
なんだかこれを言ってしまえば負けた気がしたのだ。
「ま、俺はせっかく城にいるんなら一応挨拶しておこうと思ってさ。ただそれだけなんだ。すまない、邪魔したな」
「いえいえ、いつでもお気軽にお越しください。暇ですし」
「ハハハッ! 違いない!」
そう言うとオーディ王子はセキを引き連れてオリベルの居室から出ていく。
パタリと閉まった扉を少しの間見つめると、ふうとため息を吐く。
そしてオーディ王子の顔に刻まれていた17歳11か月20日という死期について考えるのであった。
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