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87話 名前

「ただいま」

「あら、お帰りなさいって凄い汚れてるわね~。何かしてたの?」

「いや、何もしてないよ」


 騎士団の制服は所々破れ、黒いマントも傷だらけである。そんな姿で帰ってきたのだからマーガレットが驚くのも無理はない。

 ただ、怪我に関しては再生の力で完全に治しているため、マーガレットは特段心配する様子を見せることなく、晩御飯を並べていく。

 そんなマーガレットの顔に刻まれた死期を見てオリベルはホッとする。オリベルがしてきたことが無駄ではなかったことを確認できたからである。


「取り敢えずご飯できたから食べましょうか」

「……母さん」


 晩御飯を机上に並べていくマーガレットの背中にオリベルは少し躊躇いながらそう声を掛ける。


「なあに?」

「明日、王都に帰ろうと思うんだ。だから……」


 オリベルからそう告げられたマーガレットは少し驚いた顔を見せる。しかし、すぐに穏やかな笑みに変わり、オリベルの身体を優しく抱きしめる。

 マーガレットの優しさが体温という形でオリベルの心を包んでいく。その時、オリベルは初めて自分が泣いているという事に気が付いた。


「頑張ったのね」

「……うん、頑張ったんだ。頑張ったんだよ」


 うっうっと声を押し殺しながらオリベルはマーガレットの肩で涙を流す。

 こんなに感情を殺さずに泣いたのはいつぶりだろうか。


 その涙は今までのオリベルの葛藤や苦しみを押し流してくれるかのようにゆっくりと流れてゆくのであった。





 騎士団の下へと帰るその日の朝、オリベルは家の庭先で一人、庭石の上に腰かけ、何やら虚空に向かって話しかけていた。


「だから、お前の事は連れていけないんだって」


 その視線の先には小さなトカゲのような物が翼をはためかせてオリベルの周りを飛び回っていた。その赤い体躯は件の火竜を想起させる。

 実はオリベルがあの後、火竜に対し不死神の力『再生』の力を使った結果がまさにこの子竜であったのだ。


 一度死んでしまったためか、あれほど巨大であった体もすっかり萎み、手に乗る程のサイズにまでなってしまっていた。

 しかし、内包する力は危険度SS、いやオリベルの不死神の力も込められたせいでその力は以前の火竜の力を遥かに上回っていたのだ。


「一応お前は幽霊ってことになるのか?」


 実のところ火竜は蘇ったわけではなく、死んだ火竜に新たな命が芽生えた、という扱いになる。姿を消したり現したりすることが可能となっている。

 不死神がまさに人類を脅威の渦に巻き込んだのもこの能力で一体にして無限の兵隊を生み出せることにあった。


 今のオリベルにはそれだけの魔力はないため、あくまでも今回の火竜はたまたま成功したというだけにすぎないのだが。


 オリベルの問いかけに可愛らしく小首を傾げる火竜。そんな姿を愛くるしいと思うと同時に騎士団へは連れていけないという事を少し残念に思うオリベル。

 姿を隠せるのだから大丈夫なのではないか、という話であるが、騎士団ともなればそれをかぎ分ける能力を持つ者が居ないとも限らない。


 こんなに緊迫した状態で内部に魔獣を使役する者が居ると判明すれば国内は荒れに荒れるであろう。そしてオリベルもそれを望んでいないのだ。


 それともう一つ騎士団の下には連れていけない理由があった。


「お前には僕の母さんを守っていて欲しいんだ。母さんにはもうお前の事は話しておいたからさ」

「きゅう……」


 寂しげに火竜は小さく鳴く。ただ、火竜は母であるマーガレットにも強い好意を最初から示していた。

 そのため、これはマーガレットと二人きりが嫌なのではなく、単にオリベルが居なくなるのが寂しいという感情であったのだ。


「それに向こうで僕に何があるか分からないからね。母さんを守れなくなっちゃうかもしれない」


 騎士団にて監視下に置かれ、自由が利かなくなる。神の力を手にしたオリベルはこれからの人生、たとえ魔獣からの支配を脱却できたとしても束縛される生活が続くかもしれない。

 無限にも思えるその長い時をある意味で幽閉されるという事を聞いてオリベルが一番に思い浮かべるのはマーガレットの安否である。


 ただ、その心配も危険度SSを超える程の子竜が守っているのだとすればこれ以上安心なことはないだろう。


「オリベル~、お弁当持ってく?」

「あっ、母さん」


 オリベルが小さな火竜を説得している最中、マーガレットのそんな声が聞こえてくる。振り返るとその手には既にランチボックスが抱えられていた。


「ありがとう」

「どういたしまして~。あら、火竜ちゃんも元気そうね~」

「きゅい~」


 マーガレットの周りを嬉しそうに飛び回る小さな火竜。以前までの威厳はどこへやら可愛らしさの権化である。

 

「それじゃ母さん。そろそろ行ってくるよ」

「はいはーい。気を付けてね」


 大鎌を背負い、騎士団員の姿に身を包んでいるオリベルは座っていた庭石から腰を上げ、歩を進める。

 出立するその姿にどこか懐かしさを覚えながら、マーガレットはゆっくりと歩く自身の子の後ろについていく。


 何気ない会話をしながら歩いていき、やがて村の出口に差し掛かった時、オリベルはくるりとマーガレットの方を振り向き、笑顔を見せる。


「それじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

「きゅい!」


 そうしてオリベルは一匹と一人に見送られながら故郷を後にするのであった。





「そういえば名前、何にしようかしら?」

「きゅい?」


 残されたマーガレットは目の前に漂う火竜を見て、頭を悩ませる。そして閃いたとばかりにポンと手を打つと、こう告げる。


「あなたの名前は今日から――」

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