86話 ピエロの男
オリベルの大鎌が振りかざされる。クラウスはそれを受けることなく身を翻して躱す。
魔力障壁を貫通することを理解しているために下手に脚で止めることが出来ないのである。
「ニャハハッ! でもあのトカゲが死んじゃった今の君じゃあこの攻撃は防げないだろ?」
四方八方から飛来する無数の黒い球。その一つ一つから凄まじい密度の魔力の波がオリベルを襲う。最初と全く同じ構図、この攻撃を捌ききることが出来ずにオリベルは敗北を喫した。
そして先程は火竜が消してくれていたから何とかなっていたのだ。
しかし、オリベルは動じなかった。ゆっくりと息を深く吸うと周囲に自身の魔力を行き渡らせる。一つ一つの球の動きが手に取るようにわかる。
それに向かって暴力的な魔力を放出する。
そうしてオリベルが目を開けると同時に至る所から発射されていた黒い球が全て白い魔力によってその場で爆発する。
純粋なる魔力でのごり押しである。当然ながらそれにかかる魔力量は途轍もないものであろう。
しかし、不死神との適合がさらに進んだオリベルにとってその出費はあまり痛手ではなくなっていた。
「へえ、やるじゃん」
合間を縫って穿たれたクラウスの蹴りをも、大鎌で防ぐ。ただ、衝撃は吸収しきれなかったために、身体は地面へと叩きつけられる。
轟音を立てて地煙を上げる程の威力。神であるクラウスはたとえ軽く放ったかのように見えても一撃一撃が命を刈り取る程の威力を放つ。
それを受けたオリベルはしかして苦しむ様子すら見せることなくすぐさま上空へと飛び上がり、クラウスの下へと接近する。
「はあああっ!」
オリベルの後方にたなびく大きな白い魔力。それらをすべて大鎌へと集約させて放つ、極大の黒い斬撃。
「ニャハハッ! こりゃあやばいねぇ」
先程、山を吹き飛ばした一撃と同じくらいの球体を作り出し、黒い斬撃にぶつけるように射出する。
それから幾ばくかした後、その大いなる黒い斬撃と巨大な黒い球体が宙でぶつかり合う。刹那、世界から音が消える。
そして一瞬の間を置いたのちに果てしない程の衝撃波が発生する。
発生した衝撃波は大地を削り、空を揺らす。
その渦中にいるオリベルはただその荒れ狂う衝撃波の中で片腕を上げて自身の身を守るようにしてただただその過程を見守っていた。
「まだ終わってないか」
風が吹き荒れ、視界が飛び交う地煙によって遮られていた中で、宙に浮かぶ人影をオリベルは視認する。それがクラウスであったことは言うまでもないことであった。
ただ、その様子がどこかおかしかったのである。
「はあ、はあ、まさかこのボクがこんな深手を負うなんてね」
見ると宙に浮かぶクラウスは左手で右の方を抑えていたのだが、その右腕が肩からなくなっていたのである。
実は巨大な黒い球を爆発させた衝撃によってオリベルの攻撃を止めようとしていたのが、止めきることが出来ず、そのままクラウスの右腕を切り飛ばしたのであった。
「ぐっ、ニャハハ、参ったね。これじゃ戦うどころじゃないかなぁ」
「君は神なんだし、それくらい我慢できるだろ」
右腕を失い、苦しむクラウスに対してオリベルは容赦なく大鎌を構え、迫りゆく。そうして大鎌を振りかぶろうとした中で、ずきりとした痛みがオリベルの頭を襲い、大鎌が手から零れる。
「ほら、そんなに無理して力を引き出そうとするから君もガタが来たのさ」
クラウスの言う通り、不死神の力を酷使しすぎた結果、身体の方が耐えられなくなったのである。
地面にしゃがみ込み、睨みつけてくるオリベルに対しクラウスはそう嘲る。
「ニャハハ、ボクももう君を殺すことよりも早くこの怪我を治したい気持ちが強いからねえ。今回のところはこんくらいにしてあげるさ」
「ま、待て」
逃がすものかとクラウスの方へと手を伸ばすオリベル。しかし、その望みは叶う事はなく軽快な笑い声と共にクラウスの姿はその場から消えるのであった。
「……逃がしたか」
あと少しのところでクラウスを逃したことを嘆き、その場でゆっくりと立ち上がるオリベル。
だが、クラウスを撃退したことでマーガレット達の死期は元に戻ったはずである。そんなことを自分に言い聞かせながらオリベルはゆっくりとその歩を進める。
「火竜、助けてくれてありがとう。出来るかどうかは分からないけれど試してみるよ」
オリベルが足を止めたのは地面に横たわる巨大な赤い竜の亡骸である。先程の戦闘があったにも関わらず、オリベルは優しげな眼差しを向け、ゆっくりとその鼻先に手を当てる。
「再生」
♢
「あんのクソガキがっ! 覚えてろよ!」
森の中でびっこを引きながら歩くピエロの姿をした人物、クラウス。
オリベルの前では強がってはいたものの実はかなり消耗していたのだ。それこそオリベルの目の前から姿を消すのに使った魔力が最後に残った一滴であった。
「だがこの右腕を早くクリエラ様に治してもらわないと!」
「あら、こっぴどくやられたのですね、クラウス」
そんなクラウスの背後からそんな声が聞こえる。神であるクラウスがここまで接近するまでに気が付けなかったほどの相手。
水色の長髪に背中から白い翼をはやした絶世の美女。その外見に見覚えがあったクラウスはホッと胸を撫で下ろす。
「ああ。それで魔力を使い果たしちまったんだ。クリエラ様のところまで連れていってくれないかい?」
「仕方がないですね」
そうして水色の髪の女性とクラウスはその場から姿を消すのであった。
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