85話 吹っ切れた迷い
「逃げてくれだぁ? 君ぃ、一回ボクに負けてるくせに一人で勝てるとでも思ってるのかい? あんなトカゲを従えれたって調子に乗らない方が良いよ」
「別に調子に乗ってるわけじゃないよ。彼らは今、君を倒す必要はない。増援を呼べばいいからね。でも僕は今じゃないと駄目だ。だから僕は残って戦うんだよ」
オリベルには死期という問題が見えている。それは他の四人にも表示されており、そのどれもがあともう少しで亡くなるというものであった。
このままオリベルが何もしなければ彼ら、村民たち、そしてマーガレットは死期という運命に抗う事が出来ないまま、亡くなってしまうだろう。
だから彼らを逃がし、オリベルが一人で戦うという選択肢を取ったのである。
「何を言っている。一騎士団員が私に指示を出すなど」
「セキ隊長。お腹の怪我を見ればわかります。早く治療しないと不味いですよね? 今は見栄なんて張ってる場合じゃありません」
オリベルの指摘通り、貫かれたセキの腹は放っておけば死に至る程の重傷を負っていた。このまま体を動かせばより悪化することとなる。
第一部隊隊長という騎士団員としても最高に近い地位に居るだけあって足手纏いになる事はないだろうが、倒したとしても帰るまで持たないだろう。
「ってオリベルも言ってることですし、行きますよ隊長」
そう言って重傷のセキをダグラスが背負う。
「……すぐに戻る」
「それまでには終わってますよ」
セキの言葉に強気にそう返すオリベル。それを聞いたセキはどこぞの隊長と同じだな、などと言葉を残し、去っていく。
「オリベル、俺も戦……」
「やめときなってギゼル。今の僕達じゃ足手纏いになるだけだろう?」
参戦しようと腰を起こしたギゼルもカイザーにそう言われて口を噤んでしまう。歴然とした実力の差。
内心、気付いてはいたものの気付かないようにしていたその事実に目を背けたくて、置いていかれたくなくて、同じ状況に身を置きたくなった。
しかし、カイザーに言われた通り、今のギゼルはオリベルにとって足手纏いにしかならない。既に自分は置いていかれているのだと、認めざるを得なかったのである。
「あれ~? なんか勘違いしてるみたいだけど、ボクがいつ君達を逃がすなんて言ったかな~?」
そう言って撤退し始めた四人に向けて無数の黒い球を放つクラウス。
しかし、それらはすべてどこからか飛んできた獄炎によってすべて消し飛ばされることとなる。
「……トカゲ風情が邪魔しやがって」
そこには既に第一部隊の面々を苦しめていた強敵揃いの魔獣達をすべて消し飛ばし、悠々と宙を飛ぶ火竜の姿があった。
火竜が攻撃を防いだ隙に第一部隊の四人は皆、脱出に成功する。そのことを確認したオリベルはスウッと大鎌をクラウスの方へと向けて構える。
「まさかあそこまで痛めつけて死なないなんて大したモンだねぇ。ボクとしたことが優先順位を間違えちったみたいだ」
ポーンポーンと黒い球を蹴り上げて空中で軽くステップを踏みながらそんなことを言うクラウス。
「いんや、ボクが悪いんじゃなくて君が悪いんだよねぇ。だって普通、この短時間であの状態からそこまで回復できる奴なんざいねえからさぁ」
実際、オリベルも不死神の気まぐれによる新たな力の開放が無ければ今頃生きてはいなかっただろう。クラウスが予測できないのも無理はない。
なにせたとえ神であれど、神の行動を予測することなど不可能なのだから。
「文句は良いよ、もう」
クラウスの話を遮るかのようにオリベルの体がその場から消える。先程の不死神の力の開放によって更に不死神の力と適合したオリベルの身体能力は先程までよりも格段に成長していたのである。
「はぁ、ボクの漫談にも付き合ってくれなくなっちゃったんだ」
容赦なくクラウスに降りかかる黒い大鎌。
それに向かってクラウスは大きく振りかぶった蹴りを合わせる。
クラウスの蹴りとオリベルの大鎌が交差した瞬間、空気が震えるほどの衝撃が世界を揺るがす。山が再度、活動し始めたのかと見紛うほどの地鳴りが起きるほどに。
その衝撃波を中心にして柔くなった天井は次々と崩落していく。
そんな中でもオリベルの大鎌とクラウスの蹴りは衝撃波を生み出しながら衝突を続けていた。
「ほらほらほらぁっ! ボクにはこいつもあるんだからな!」
そう言ってオリベルの周囲に黒い球が生み出される。一つ一つが高密度な魔力が凝縮された爆弾のような物である。
前回はこれにやられて負けた。しかし、今回は違う。
黒い球が生み出され、オリベルに向かって射出される前にすべて獄炎が消し去っていく。火竜のお陰で最早無いも同然となっていた。
「はあああっ!」
ありったけの力を込めたオリベルの一撃がクラウスの体勢を崩す。その隙をついて次から次へと黒い斬撃が放たれ、クラウスの身体を蝕んでいく。
「くそっ」
戦況が不利になったことを感じ取ったクラウスは自身の目前で黒い球を爆発させ、強制的にオリベルから距離を取る。
「しゃらくさい!」
そう言うと、クラウスは先程まで生み出していたものとは全く違う大きさの黒い球を生み出す。火竜を軽く飲み干してしまうかのような大きな黒い球体。
その内に秘められた濃密な魔力に危険を感じ取った火竜が真っ先に獄炎の息吹を放つも間に合わない。
「遊戯神の玩具箱!」
クラウスが魔力を込めた瞬間、これまでにない程の爆発が生じる。それはまさに災害。岩を、柱を、天井を、洞窟の中のありとあらゆるものを破壊していく。
それは絶大の一撃。
あらゆるものを粉砕していくそれは常人では生み出せないほどの衝撃を生み出す。
衝撃が生み出された次の瞬間には洞窟の筈だというのに青い空が見えていた。
「……う、うう」
全身を打撲したかのような鈍痛が走る。本来ならば即死するレベルの衝撃である。それだけで済むのはおかしい、そんなことに気が付いたオリベルがふと目を開ける。
そこにはオリベルを衝撃から守るようにして覆いかぶさっていた火竜の姿があった。
「お前」
あれだけの攻撃が直撃したのだ。いくら危険度SSの魔獣と言えど、無事では済まないだろう。
「ニャハハハッ! そんな弱っちい奴を助けるために身を呈するなんて、ホントに訳分かんない竜だなぁ。せっかく人間に助けてもらった命のくせにさぁ」
クラウスが煽るようにそう言うも、オリベルはそれを無視して自分を守ってくれた竜に手を当てる。
微かに息はしているようではあるが、もうそんなに長くはないだろう。魔獣には見えたことの無い筈の死期が薄っすらと火竜の顔に浮かび上がってくる。
死期が近い者にだけ現れる死へのカウントダウン。それがこの火竜の命がもうすぐ尽きることを示唆していた。
「……死期が見える者の義務。それは死期という呪縛に囚われている者を救う事なんだ。なのに君を……いや違うな」
カウントダウンが0を指し示し火竜の息が途絶える。それを最後まできっちりと看取ると、オリベルはゆっくり立ち上がり、クラウスの方を向く。
「君を救えなかった分、救い続ける。昔の僕には出来なかったことが今の僕には出来るんだから」
そう言って大鎌をクラウスへと向けたオリベルの表情は悲しげで、しかしあの時のような死期に怯え、頭を悩ませていた臆病な少年の姿ではなかった。
「ニャハハッ! トカゲ如きに情でも動かされたのかな? 今逃げないとせっかく助けられた命も無駄になっちゃうよ?」
「こいつは僕を逃がすために庇ってくれたんじゃない。僕がお前を殺すために庇ってくれたんだよ」
その瞬間、今までの倍ほどはあるであろう白い魔力がオリベルの身体を包み込む。
自分の生き方、そして自分の感情に対して常に罪悪感を抱き続けていた少年。幼少期の頃から囚われ続けていた怨念を断ち切り、自らの道を見つけた彼の真なる力は強大で美しかった。
「僕の生きる道、それは」
死期に目を背けるのではなく、死期に立ち向かう道。声にならない叫びと共にオリベルの体が消える。
次の瞬間、クラウスの視界がぐらりと歪む。そうして気付かぬ間にも上半身に一筋の鮮烈な血が走っていた。
「なっ……」
神である自身が気付けないほどの速度にクラウスは思わず目を見張る。
そこには迷いなく地面を踏みしめている真っ白な髪の少年の姿があるのであった。
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