83話 決着
溶岩が湧きだすまさに地獄のような様相を呈した山の中の洞窟。その中では溶岩よりも熱く燃え盛る獄炎に包まれながら二つの力がぶつかり合っている。
一方は真っ赤に燃え盛り、もう一方は真っ白で静かに。
相対する二つの力はしかし勢力はどちらも負けず劣らずである。
真っ白な力は大きな黒い斬撃を繰り出し、それを燃え盛り力強い巨大な爪が切り裂く。
「くっ、これで二回目か」
そう言いながら焼け爛れた体を再生するオリベル。自身の魔力がこの再生の力を戦闘中、使えても三回までであることは重々承知していたのである。
とはいえ、オリベルの先読みの力によって爪を避けようとも、その爪に付随した火の力がオリベルの反応速度よりもずっと速く襲い掛かってくるのである。
このまま持久戦にもつれ込めばオリベルの方が早くに力尽きるであろうことは必至であった。
「早めに仕留めないと」
頭では分かっているものの、どうにも突破口を掴めないでいるオリベル。宙に飛んでいる火竜は燃え盛る火炎を纏い、大地に二本の足をつけているオリベルを見降ろす。
ただ、そこでオリベルの中に一つだけ疑問が生じた。それは竜の目がどことなく虚ろであったこと。
オリベルを見ているようで遠くを見ているその不思議な感覚。
「もしかして操られているのか?」
危険度SS程の魔獣が操られるとは到底思いもしなかったオリベルであったが、相手は神と名乗るピエロである。その可能性は十分にあった。
そう考えている間にも火竜からの攻撃はとめどなく降り注いでいる。それを躱し続けながら、操られているかもしれないという事象が何かに使えないかと必死に頭を振り絞る。
火竜に対して見えた隙はもうそこしか見当たらなかったからだ。
「何かのきっかけで催眠が解ければ」
そうすれば火竜もクラウスの指示に従ってオリベルと戦うのをやめてどこかへと飛び去っていくかもしれない。
今回のマーガレットの死期に関係しているのはあのピエロ、クラウスであることを確信しているオリベルにとってはそれが最善の択であった。
迫りくる巨大な尻尾の叩きつけを横に回避し、その隙をついてオリベルは火竜の身体を駆けのぼっていく。
そうして火竜の頭のてっぺんまで駆け上ると、そこから更に上へと飛び上がると、黒い大鎌をいつも以上に強く握りしめる。
「これで正気に戻れ!」
そこから一気に重力をも利用した強烈な一撃を火竜の脳天に突き刺す。
それは一瞬の出来事であった。
防御しきれなかった火竜は脳天にオリベルの渾身の一撃を食らい、そのまま大地へと崩れ落ちる。そうして地面に残っていた燃え盛る焔も同時に消え去ったのである。
「一応、ダメージは入ったっぽいけど」
倒れ伏す火竜にまだ息があることを理解したオリベルは地面へと降り立つと、再度攻撃を加えんとしてひた走る。
大鎌がまさに火竜の首を斬り落とさんと迫る中、オリベルは不意に火竜の眺める瞳が目に入り、ピタリとその動きを止める。
それはオリベルもどうしてなのかは分からない。ただ、なぜか殺さぬ方が良いと判断を下したのだ。
「……もう悪さはするなよ」
自分自身でも訳の分からぬ感情を抱いたまま大鎌を背負うと、火竜に背中を向け、洞窟の更に奥の方へと歩いていくオリベル。
そんな中でも果たして危険度SSという異次元の危険度を誇る竜を放置しておいて本当に良いのかとオリベルは頭を悩ませる。
かつて、オリベルの父が打倒した火竜は悪逆の限りを尽くしたと言われている。火竜とはまさに災害そのものなのである。
何故か分からないが殺さない方が良い気がする、そんな曖昧な感情で果たして良いのかと思っていたその瞬間、真後ろでバサッという大きな翼の音が聞こえる。
オリベルが振り返るとそこには先程まで倒れていた火竜が体を起こし、はっきりとした眼でオリベルの方を眺めていたのだ。
その眼には最早催眠の痕跡はない。ゆっくりとオリベルの前へと歩いていくと、その首をオリベルの方に向けて垂れ提げてくる。
「乗れって事か?」
オリベルの言葉に対する返事はない。それもそうだ。いくら賢いとはいえ、魔獣が人の言葉を介するなど、それこそ神でもなければなし得ない。
オリベルはその状況に対してひどく困惑していた。魔獣がましてその中でも凶暴と言われる竜が人間に対してこんな事をするなど聞いたことが無いからである。
「良いんだな、乗るぞ」
そう言ってオリベルが火竜の頭の上に乗ると、その巨体はゆっくりと動き出し、宙へと飛び上がる。
溶岩が垂れ流れるだだっ広い洞窟内部を火竜が飛ぶ。
その背には一人の神の力を有する少年。
かくして一人の平凡な少年は竜を従え、神の下へと向かうのであった。
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