80話 奇妙な相手
相も変わらず溶岩に包み込まれた異常な熱気に耐え忍びながら洞窟の中を進んでいるオリベルの目の前にコロコロと半透明な黒い球体が転がってくる。
「何だこれ?」
この場には似つかわしくないその球を不思議に見つめた直後、どこからか魔力が膨れ上がってくるのを感じ取ったオリベルはすぐさまその場から飛び上がる。
オリベルが飛び上がると同時に足元まで転がってきていた黒い球が爆発四散する。
そしてそれと同時に後方からゾクリと背をなでるような悪寒がオリベルを襲う。
「あ~らら、不意打ちなら楽に倒せると思ったのにな~」
そう言ってオリベルのもとに現れたのは黒い顔にピエロの出で立ちをした人型の何かであった。
つい先程までは感じ取れなかった強烈な魔力がそのピエロから発せられていることを悟ったオリベルは即座に不死神と同化し、戦いに備える。
「何者だ?」
「何者? あっれ~、ボクの事を知らないのかい? 一応、神の中じゃそこそこ有名な方だと思うけどねぇ」
神、と確かにそのピエロは発した。オリベルは今回、火竜を倒すためにここへ乗り込んできたのだ。
まさか神が出ようとは誰も思いはしない。訝しげにそのピエロを見つめる。
「神?」
「まあせっかくだし教えてやるか。ボクは遊戯の神『クラウス』。将来的には君達に敬われるようになる存在さ」
カンカンッと尖った靴の先で先程の黒い球を蹴り続けながらそう言うクラウス。
「どうして神がこんなところに居るんだ?」
「質問多いね~君」
その瞬間、オリベルの視界からクラウスの姿がフッと消える。
「人間如きが、図々しいよ」
先程までのにこやかな笑顔から一転した冷酷な声がすぐ傍から聞こえる。
それに対してオリベルが反射的に大鎌を振るうと、ちょうどクラウスの蹴りと交差し、周囲に衝撃の波が伝っていく。
「ニャハハッ、やっぱりさっきからボクの配下が消えてたのは君のせいだったんだね~。計画の邪魔になるから消すね~」
「やっぱり何か企んでいたんだな」
オリベルに対する攻撃が失敗したクラウスはくるりと宙で回転しながら後退していく。
そして先程まで蹴っていた物と同じ黒い球を次から次へと生み出していく。
魔力で浮かせているのだろう。次から次へと生み出される黒い球がクラウスの周囲へとふわふわと浮かんでいる。
「じゃあ、ショータイムと行こうじゃないかッ!!」
クラウスがそう言い放った瞬間、周囲に浮かんでいた黒い球が弾けるように飛び去り、オリベルの下へと迫ってくる。
それに対し、オリベルは周囲へと魔力を張り巡らせる。
擬似的に時が止まったかのような感覚。一つ一つがゆっくりと迫ってくるように感じる。
無規則に打ち出されたように見える数々の球の道筋を正確に見極めて回避していく。
「ニャハハッ、避けるだけじゃ意味ないよっと」
そう言ってクラウスが指をパチンと打ち鳴らした次の瞬間、オリベルの周囲にあった全ての黒い球がその様相を変える。
ある球は燃え盛る炎を纏い、そしてある球は凍てつく氷を纏っている。
その他にも数々の属性が付与された黒い球。
それらは回避するオリベルを追尾するように飛んでいく。
咄嗟の判断で大鎌を振るうも、四方八方から打ち出されるそれらを対処しきれる筈もなく、数多の球がオリベルの体を穿つ。
「ニャハハッ! 君たち人間には耐えるのはちょ〜っと厳しいかな?」
攻撃をもろに食らったのを見てクラウスは高笑いをしながら、次の一手を用意する。
「じゃあね〜、バイバイ♪」
未だ攻撃の余波で煙に包まれたオリベルのもとへと更なる追撃を加えんとせんと、黒い球の群が迫りゆく。
それで耐えられた者は殆どいない。クラウスは勝ちを確信して笑みを浮かべていた。
しかしその直後、煙の中から黒い斬撃が飛び出し、追撃した黒い球の数々を斬り刻んでいく。
「ニャハハッ! こりゃ傑作だ! ボクの攻撃が直撃したのにまだそんなに動けるとはね」
煙の中から現れたオリベルの姿を見てクラウスは感心したようにそう言う。
とはいえ、オリベルの体は先ほどの直撃で傷だらけである。不利なのは変わりない。
不死神の魔力とオリベルの素の魔力の両方で作られた魔力障壁を最も簡単に突破する威力。
それこそがまさに神であった。
「ほらほら〜どんどん行くよ〜」
止めどなく打ち出される黒い球。それを斬り落としながら、クラウスの下へと近づくオリベル。
しかし、膨大な数の球を一人で捌き切るのには限度がある。なにせ、オリベルは剣の達人でも鎌の達人でもないのだ。
撃ち漏らした黒い球が真横で爆ぜて斬撃を、爆撃を、衝撃を発生させ、オリベルの体を蝕んでゆく。
「ニャハハッ、隙だらけだよ」
黒い球を捌き切るのに必死になっていたオリベルの隣からそんな声が聞こえる。
そして次の瞬間にはオリベルの体は宙を待っていた。
「あっれー? 本気で蹴ったのに原型とどめちゃってるなー」
爆発的な衝撃波を伴って蹴り飛ばされたオリベルはかろうじて意識は保てていたが、体を動かす事が出来ずにその場で倒れ伏す。
「く、そ、」
魂魄の神の時よりも更に歯が立たない。まるでこれが本当の神なのだぞと教えられている気分になる。
「へえ、まだ立てるんだ。まあ、もう終わったも……あー、やっぱ良いや。別に用事出来たし」
そう言うと、トドメを刺さんとかざしていた黒い球を全て消し去る。
そしてトンッと軽やかに地面を蹴り、オリベルとは反対の方へと顔を向ける。
「ニャハハッ、君の相手は今からはこいつにしてもらおっと。出てこい、トカゲ!」
そう言った次の瞬間には大怪我を負ったオリベルの目の前に大きな赤い竜が現れ、奇妙な遊び人の姿は無くなっていた。
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