78話 迷子
「見当たらないな」
第一部隊が洞窟内へ潜入している一方でオリベルは一人はげ山を登っていた。
ここに来るまでに遭遇した魔獣の数は四体。そのどれもが危険度C程度の魔獣であった。
危険度Cと聞けば大したことがなさそうに聞こえるが、十分に一般市民にとっては脅威的な存在だ。
少なくとも入団前のオリベルではかなり苦戦を強いられたことだろう。
それはともかくとしてオリベルは一人彷徨っていた。
はげ山を登り始めたは良いものの、それらしい魔獣との遭遇はおろか潜入しているはずの騎士団員たちとすら遭遇しなかったからである。
果たして自身が行っているこの行動は正しいのか、ただ時間を無駄にしているだけではないのかと不安になるのだ。
マーガレットの死期は37歳4か月20日。オリベルの記憶が正しければ明日にでも来るはずだ。
この行動が正しいのか分からない、しかし引き戻したところでもしも正しかったのだとしたらそれは時間のロスにしかならない。
限られた時間の中でオリベルは焦りを覚えていた。それは普段の冷静なオリベルとは違う様相であった。
本人は気付かないままでも明らかに昨日の思考が心の中に重くのしかかっていたのだ。
幸い、開けた土地であるため辺りを見渡すのに適する。オリベルは少し切り立っている崖の上に行くと、そこから麓を見下ろしてみる。
かなり登ってきた。麓にある森もオリベルの視界からは大分離れて見える。
ただ、見下ろしてみたからとはいえ何か手掛かりが見つかるわけでもない。単純に気を紛らわせるためが主な目的で覗き込んでみただけであった。
しかし、これが幸いしたのか、その崖の少し下に何かの穴が空いていることに気が付く。
「何だろ?」
その穴が無性に気になったオリベルは早速、崖上からその穴の近くまで飛び降りると、近くまで歩いていく。
崖の上から見たときはそれほど大きく感じなかったその穴も近付いてみればかなりの大きさであることに気が付く。
入り口は五メートルほどはあるだろうか。オリベルは何の躊躇もすることなく、洞窟内部へと足を踏み入れる。
言うまでもなくその中は真っ暗である。何の灯りも持たないオリベルが頼れるのはオルカから学んだ魔力感知のみである。
入るや否やオリベルはスウッと息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。
魔力を周囲に行き渡らせていき、岩肌や小石などの情景が鮮明にオリベルの脳内に浮かぶ。
「よし、問題ないな」
灯りが無くとも洞窟内部を進めると判断したオリベルはそれから躊躇なく一歩目、二歩目と歩みを進めていく。
この洞窟に何かがあると確信しているわけではない。確信がないのになぜこうも危険な橋を渡っているのか。
それはあれ以上、山を登るだけでは何の成果も得られないと判断した結果であろう。
何の成果も得られず彷徨っている状況下でこれまでとは打って変わった変化を見出した時、それに飛びつかない人間は少ない。
しかし、それに飛びつく時、多くの場合が失敗と密接にかかわっていることが多い。
何故ならそれまでに長考していたのが嘘のように短い思慮の下で飛びつくのだから。
そしてそれは今回の状況でも言えることであった。
洞窟に入ってからほどなくしてオリベルが足を踏み出した瞬間に、ピシッという小さな音が響き渡る。
それはオリベルの重みだけで生み出されたほんの小さな罅割れである。
しかし、その罅はそれだけに留まらず、次から次へと罅割れを形成していき、それは徐々に巨大な罅へと変貌を遂げる。
「不味い」
罅割れの音でその地面が脆くなっていることに気が付いたオリベルは咄嗟の判断で宙へと飛び上がる。
宙へと飛び上がったオリベルの目の前で小さな罅が一瞬にして巨大な罅割れへと変貌を遂げていく。
それは僅か数瞬の出来事であった。
その巨大な罅割れから広範囲の地面崩落が発生し、オリベルは逃げ場もないままその崩落に巻き込まれるのであった。
♢
「うん? 何の音だ?」
オリベルが地面崩落に巻き込まれたちょうどその時、その崩落の音は第一部隊が居る洞窟内にまで響き渡っていた。
「結構な音だったよな? もしかして竜か?」
「いやフツーに地滑りでも起こったんでしょ。竜でもこんな音は出せないだろうし」
ダグラスの予測を即座に否定するカイザー。そしてギゼルもセキもそれと同意見であった。
「ここは木があまり生えていない影響で地盤が緩い。おまけに泥水が流れ出すことで内部がかなりスカスカになっているところがある。カイザーの言う通りだろうな」
「ほえ~、何か難しいことはよく分からんが、取り敢えず竜じゃないんだな」
セキが言う通り、このはげ山では頻繁にそういった現象が起こっていた。
第八部隊からの調査書にもそう書かれており、魔獣よりも注意すべき点であると認識していたのだ。
「って言ってる傍から怪しいところがあるな」
そう言って地面を触りながらギゼルが呟く。彼は冒険者として数々の洞窟や遺跡を巡ってきた中で多くのトラップを看破してきた経験がある。
現在、ギゼルが触れている地面の先に空洞が出来ていることを察知したギゼルはそうして地面に向かって魔力を流し込み、安全性を確認したのである。
「前方はほとんど駄目そうですね。踏んだら落ちます。どうしますか、セキ隊長? 引き返します?」
「そうだな。さっきの分岐点へ戻ろう」
そうして第一部隊は魔獣の強さというよりも洞窟内の迷路のような構造に苦しめられることとなるのであった。
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