77話 洞窟内部
火竜の住処であると考えられている洞窟内。そこでは洞窟に特化した能力を持つ魔獣達が次に現れる獲物を今か今かと待ちわびていた。
多種多様な魔獣達。そのどれもが共存し、協力し合っているという何とも不気味なその生態系の中に一人の青い髪の青年が現れる。
刹那。全魔獣がその青年へと飛び掛かる。
「遅いな」
どこからともなくそんな声が聞こえたかと思えば、いつの間にか双剣を持つ赤い長髪の青年が飛び掛かる魔獣の半分を、緑髪の青年がもう半分の魔獣を斬り伏せていたのだ。
そして二人が打ち漏らした残りの魔獣を青髪の青年がその手に持つ強大な大剣で叩き斬るのである。
「第八部隊が調査できないというからどんなものかと思えば全然大したことないじゃないか」
そう言うのは青髪の青年、ギゼルである。とはいうものの先程倒した魔獣のほとんどは危険度B以上の魔獣ばかりである。
しかし、かつて最年少Aランク冒険者であった彼にとっては骨の無い相手だったのだろう。
「正直張り合いがねえな。進めど進めどこの程度の魔獣しか出てこねえ」
「まあ良いじゃないか。それで僕達は前線の任務に就くことが出来るんだし。ですよね? セキ隊長」
「ああ。私の助力なしで任務を達成できたらだがな」
カイザーの問いかけにセキがそう返事をする。三人のこの余裕ぶりを見てもなお意見を変えないのを見てカイザーは楽で良いな、と呟く。
「第二部隊の奴等は危険度SS相当の任務を達成しているのに……この程度じゃ駄目だ」
危険度S相当と聞いてギゼルが真っ先に思い出したのはリュウゼン部隊の快進撃についてである。
最初は第十部隊だったはずなのに気が付けば危険度SS相当の任務を二つも達成して第二部隊にまで成り上がっている。
特にその中の自分と同期であるオルカとオリベルに対し、劣等感のような物を抱くようになったのである。
「まあ仕方ねえだろ。第二部隊にはあのオルカ・ディアーノが居るんだ。セキ隊長の妹だぜ? 強くないわけがねえ」
「だね~。入団試験を見た限りじゃあのオリベルって子が役に立ってるとは思えないし十中八九オルカと他の部隊員の手柄だろうな~」
「いや、だがオリベルは不死神の武器と適合したんだぞ?」
「だとしてもそんな短期間で使いこなせるようになってるとは思えないけどね。最近の任務でも暴走したって話じゃないか。多分、迷惑かけてるだけだと思うけどな僕は」
話しぶりからしてダグラスとカイザーはオリベルは足手まといで、オルカが引っ張っているのだという考えを持っていることが分かる。
ギゼルも似たような考えではある。やはり、オリベルの力がオルカに届いているとは思えない。
ただ、それでも既に自身が追い抜かれているかもしれないという嫌な考えが頭に過るのだ。
「無駄口を叩くな。出たぞ」
セキの言う通り目の前に巨大な魔獣の姿が現れる。それは今までの魔獣よりも格段に強いことがその魔力量から察することが出来た。
「なんだ、火竜じゃねえのか」
「まあささっと仕留めますか」
ダグラスとカイザーが凄まじい速さで魔獣へと駆け寄っていく。その二人の動きに意識を割かれた魔獣は上から来る大きな影に気付くことが出来なかった。
「上だぜ、ウスノロ」
刹那、振り下ろされた大剣の剣先が魔獣の脳天に突き刺さる。
本来であればこの一撃ですぐに終わるだろう。しかし、ギゼルのその渾身の一撃を受けてもなお、その魔獣に倒れる気配はない。
それどころか体から放たれる魔力量が爆発的に急上昇し、近づいていた三人の身体を吹き飛ばす。
「痛って。洞窟内で派手な攻撃してんじゃねえよ」
吹き飛ばされた三人はというと、大してダメージを受けている様子はない。ちゃんと受け身を取ってダメージを殺している。
「てか火竜じゃない無駄に強い敵だったら力を出すの勿体ないなぁ。僕抜きで二人だけで倒してよ」
そんな中、戦闘中とは思えない程間延びした声でそんな事を宣うと、セキの隣へとさがるカイザー。入団したとてそのだらけた性格は依然として変わらないままであった。
「いいぜぇ、ちょうどいい肩慣らしになっからな。何ならギゼル、お前も抜けてくれて良いんだぜ?」
「俺は良い。こんな魔獣ごときで大した力は使わないからな。それにお前だけに任せて待っている時間がもったいない」
そう言うとギゼルは自身の体よりも大きな大剣を持ち、凄まじい速さで走っていく。
本来であればそれだけ大きな武器を持っていれば減速しそうなものだが、冒険者時代に培ったその尋常離れした筋力がそれを補っていた。
魔獣の魔力を伴った剛腕が振るわれる。それを寸前で躱し、間合いの内側へと潜り込むと魔獣の体めがけて大きな斬撃を放つ。
その攻撃は魔獣を両断するにはたり得ないものであったが、身体を仰け反らせることに成功する。
「激流水槍」
至近距離で放たれるは岩をも穿つ魔力を持った十にも及ぶ水流群。その威力はオリベルと戦った時よりも更に強力なものとなっている。
そうして放たれた水流の槍はいとも容易く魔獣の身体を貫き、その命を奪う。魔力を纏った大剣は斬るというより叩き斬るのに適している。
物理防御が脆く魔法防御が高い魔獣は大剣で、逆に物理防御が高く魔法防御が低い魔獣は水属性魔法で。
そういう使い分けを冒険者の頃からしているギゼルにとって咄嗟の切り替えは容易な事であった。
「こんなものか」
「っておい! 何普通に抜け駆けしてやがる」
「お前が遅いから悪い。冒険者の世界では獲物は早い者勝ちなんだよ」
「……ふむ、一理あるな」
ダグラスのその様子を見てギゼルはよく傭兵として生活できたものだなと内心思う。
傭兵の世界は常日頃から騙し合いが行われている。ダグラスのような単純な者はいち早くに餌食となる事だろう。
ただダグラスは圧倒的な実力を持っていたが故にそれを行う必要がなかったのだ。
それにギゼルが思っているほどダグラスは単細胞ではない。
ただただ気の良いだけで謀略となればそこそこ頭は切れる人物であった。
「カイザー。次もまた同じことをすれば貴様は永久に前線の任務に出さない」
「はいはい、分かりましたよーっと」
セキに凄まれても何ら反省した様子を見せようとしないカイザー。彼もまた一癖も二癖もある人物であった。
そうして第一部隊は順調に洞窟内を進んでいくのであった。
♢
第一部隊が潜り込んでいる洞窟の最奥。至る所から溶岩が流れ出し、まさに地獄とは何たるやを再現したかのような大部屋に一人の人影と一体の大きな影があった。
「なんか騒がしくなってきたね~。クリエラ様が最近活動なさってたから、その影響で警戒されちったかな~」
そう呟くのはピエロのような見た目をした人物である。ただ普通のピエロとは違って、顔は真っ黒に染まっている。そしてその手には黒い半透明な球体が握られていた。
「ここら一帯の魔獣を集めて攻め込もうとしたんだけど、結局こいつ以外大した奴集まらなかったな~」
そう言って見つめる先には赤色の竜が佇んでいた。件の火竜である。
しかし、その内包している魔力はオリベル達が思っているような危険度A程度ではない。危険度Sは優に超えているであろう。
「まあでもこいつが居るだけでも大抵は蹴散らせるか。何かやたら人間に恨みを持ってる奴だったし、楽に操れたけど~」
そう呟きながら近くにある段差に腰かけると手に持っていた黒い球をポイと投げて足先で蹴り上げる。
それからカン、カンと軽快な音を立てながら蹴り上げ続ける。
球の数は蹴られるたびに数を増やしていき、いつの間にか数十にも及ぶ黒い球を一人だけで蹴り上げ続けていた。
その姿はピエロの格好も相まって芸者のようにも見える。
「ニャハハッ、まあ何とかなるか。ボクは神だしね~」
そうしてピエロがケタケタと不気味に笑う声が最奥の部屋で響き渡るのであった。
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