74話 お祝い
「それでは改めまして、オリベル! 騎士団入団、おめでとう!」
マーガレットがグラスを挙げて乾杯する。それにオリベルも無理やりに笑顔を作ってグラスを掲げて乾杯する。
オリベルはまだ酒を飲める年齢ではないため、グラスに入っているのは果実を絞ったジュースだ。
さて、「無理やりに笑顔を作って」というのは何もこの状況がまったく楽しくなくてそうしているという訳ではない。
寧ろ、久しぶりの、それこそ父が亡くなる前以来の家族パーティで心を躍らせたいくらいである。
しかしそうはさせないのが、マーガレットの顔に刻まれている37歳4か月という数字。
この数字が刻まれたのは精肉店の店主から『火竜』が最近周辺に現れるようになったという話を聞いてからである。
火竜というのは、文字通り火を操る竜の事である。蜥蜴のような見た目をしており、背中には大きな翼が生えている。
竜種は総じて体も大きく、それでいて魔力量も多いため、危険度で言えば最低でもAはある。
タイミング的にもマーガレットの死期には火竜が大いに関わっているだろうという予想を立てているオリベル。
というか間違いなくそうであろうと確信を持っていた。
なぜなら火竜はオリベル達と深い因縁にある魔獣だから。
「やっぱり熊ちゃんのところのお肉は段違いで美味しいわね。はあ~、幸せ」
「うん、美味しいよ! ありがとう、母さん」
考え事はしていながらもマーガレットへの感謝を忘れない。
何もこの慎ましい二人だけのパーティの事をそっちのけで考え事をしているわけではない。
ちゃんと心の底から感謝している。
マーガレットはステラと同じくオリベルの心を深い闇の中から救い上げてくれた恩人だ。
それはもう楽しくないわけがなかった。ただ、少し懸念点があるだけで。
「……オリベル。何を悩んでいるの?」
「えっ」
そこで唐突にそう切り出すマーガレット。まさかの図星を突かれてオリベルは驚きの表情を見せる。
「どうして分かったの?」
「何年あなたの事を見てきたと思ってるの。そんなの分かって当然よ」
母からの祝いにあまり集中しきれていないオリベルを怒るわけでもなく、窘めるわけでもない。
ニコニコと我が子の心の緊張を解すかのように穏やかな口調で続ける。
対するオリベルは少し驚いていた。
マーガレットが気が付いたのもそうだが、それ以上に自分が感情を抑えきれずに外へ出していたという事に。
「感情が無いわけじゃないもの。隠そうとしてもすぐ顔に出るわよ」
「感情……」
感情。マーガレットが口にする何気ないその言葉はオリベルにとって少し難しいものであった。
他人の死期を知りながらも今まで数多くの死を見過ごしてきたオリベル。
それは当時のオリベルにとってみれば助けるのが不可能であるがゆえに見過ごすというよりかは見てみぬふりをするのは当然の事であったのだが。
オリベルにとっては当然の事では済まされなかった。
他人の死期を見て、それが映し出されるも何も出来ない事に対する恐怖と罪悪感で暗がりの部屋に籠もり続けたあの日々。
ステラによって外の世界へと連れ出されたからとはいえ、それらが無くなることはない。
ならばどのようにして克服をしたか。それはその恐怖と罪悪感を無くすこと。
つまり感情を失くすことであった。
それは言うは易し行うは難し。元々感情を持っていた者が感情を無くすなど到底できはしない。
結局は現象に対する感情の揺らぎを極限にまで無理矢理に抑えることしか出来ない。
それは無意識下で防衛本能として行われた事であった。いつの間にか、ふとした時から感情を必要以上に制御するのが癖づいていたのだ。
だというのに、今は取り繕えない程に感情が漏れ出しているのだと知る。
自身の母親の死期なのだから動揺して当然である。
だが、それに気付かされた時、途端に何故かとてつもない焦燥感がオリベルを襲った。
そしてその時初めて、自分がそういう感情を受け取るのを拒否している事に気がつく。
「まあ、無理に話そうとしなくても良いわ。あなたはそういうのをいつも隠そうとするからちょっと心配になっただけ。さ、取り敢えず冷めちゃわない内にお肉食べちゃいましょ。せっかくのお祝いだもんね」
「……うん」
そうして二人は再度、食事に手をつけ始める。その間もオリベルは先程マーガレットに気付かされたことについて考え続けるのであった。
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