73話 祝いの品
「あら、オリベル君じゃない? 帰ってたの?」
「おう、オリベルじゃねえか。ステラちゃんには会えたのかい?」
オリベルとマーガレットが並んで町へ買い出しに向かっていると、村人たちがそうやって声を掛けてくる。
それに対し、マーガレットが騎士団に入ったのよなどと自慢話を投げかけ、オリベルはそれに照れ臭そうに対応していた。
以前と変わらない光景だ。この村ではただでさえ若い者は少ない。
オリベルとステラは若いというだけで村の者から話しかけられることが多かった。
「ウォーロットの騎士団の活躍はこんな辺鄙な村でも聞くからね。皆、あなたの活躍が聞けるのを楽しみにしてるのよ」
「そうなんだ。でもステラの方が凄いんじゃない?」
「どっちが凄いとか関係ないわよ。村の皆なんてどこどこの子がこんな凄いことをやったらしいって噂話をするのが楽しいだけなんだから。そこに優劣はないわね」
そういう物なのかと素直に受け取り、オリベルは頷く。
それから村人から話しかけられ、時には背負っている大鎌に驚かれたりと様々なことを経て村を出る。
ここから町までは大体三十分ほどかかる。
道中では魔獣に襲われる危険性があるため、村人たちは大体月に数回、大所帯で町へと繰り出し、買いたい物を買う。
そのため、町に買い出しに行くというのはこの村の者にとっては特別な事であった。
「向こうでお友達出来た?」
「うーん、友達って言っていいのかは分かんないけど一人いる」
そう言ってオリベルは真っ先にオルカの顔を思い出す。オリベルからすれば同期であるオルカがそれにあたるのだろう。
ただ、オリベルは友達だと思っているが向こうもそう思っているかは分からない。
以前ステラと共に過ごしていた時の様に二人で遊ぶわけでもなければ、何かの話題で盛り上がって長い間話すという訳でもない。
そのため、向こうも友達だと思っているであろうという自信はオリベルにはないのだ。
「僕と同じくらいの歳なのに僕なんかよりもずっと優秀でいつも魔力の使い方とか戦い方とかを教えてくれるんだ」
「あら、優しい子と仲良くなれたのね。それはもう逃がさないようにしないと」
「逃がさないようにって何だよ……まあ、そうだね」
母マーガレットの言い方に若干の違和感を抱くも言っていることには間違いないので違和感を飲み込んでオリベルは頷く。
「それで……その子って男の子? 女の子?」
「うん? 女の子だよ」
「女の子なんだ~。へえ~……ステラちゃんに嫉妬されちゃうわよ」
「嫉妬? どうして?」
オリベルにとってステラは幼馴染であり、親友でもある。そしてオルカは仲間だ。
オルカと仲が良すぎるがゆえに嫉妬されるのであれば、男性か女性かなど関係ないはずである。
そこの因果を結びつけることが出来ずにマーガレットから言われたことを吟味し始めるオリベル。
それを見てマーガレットはまだまだねと微笑んで我が子の成長を楽しみにする。
そうして会話をひとしきり楽しんだところで二人はようやく目的の町へと到着する。
踏み固められた土の道の両脇に様々な屋台が構えている。近くにはここしか大きな町はないため、周辺の村から人財や資財が集まってくる。
そのため、グランザニアや王都ほどではないにしろかなり栄えており、人の往来が多く活気が良い。
そこら中から客を呼び寄せる声が聞こえてくる。
しかし二人が用があるのは屋台ではない。屋台で賑わっている通りを抜けて噴水のある広間へと向かう。広間ではちゃんと地面が舗装されており、そこに目的の店がある。
「いらっしゃいませ~」
店に入ると元気な店主の声が聞こえてくる。かなり厳つい見た目に屈強な体を持つ男性ではあるが、表情が柔らかく、巷では“熊さん”という愛称で親しまれている。
「おっ、奥さん久しぶりですね~。今日はどうしたんですかい?」
「熊ちゃん、久しぶり。この子が騎士団に入団できたからそのお祝いにお肉を買おうと思って」
「騎士団!? それは凄い! 昔はあんなに弱っちそうだったのによ~」
店主の言葉にオリベルは微笑んで応えてみせる。オリベルの両親は父が生前、オリベルを連れてよくこの店に通っていた。
そのため、店主とマーガレットはこうして旧知の友のように喋っているのだ。
そしてそのときのオリベルはまだ死期が見えるとは気が付いていない時である。
だが、得体の知れない数字に少しだけ恐怖を抱いており、やや大人しい少年であった。
そのため、店主がそう思うのも無理はないだろう。
「お祝いなら任せてくだせえ! 特別に半額にしますんで、その分良い肉を買ってあげてくだせえ!」
「そんなに安くしちゃって良いの?」
「大丈夫大丈夫。最近、うちも儲かってますしね」
「本当に~、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら。どれがおすすめ?」
「おすすめはですね~」
マーガレットと店主がやり取りをしているのを眺めるオリベル。興味津々に店主の話を聞いているマーガレットの横でオリベルはふと考え事をする。
それはこのまま騎士のままでいられるのかという事についてである。騎士団から追放されることがあり得ないのは今も背負っている不死神の大鎌から分かる。
そしてオリベル自身もステラを助ける最大の近道であることを認識しているため、騎士団を抜ける気はさらさらない。
ただ、どこか胸の奥で引っかかるのだ。これから監視生活を強いられるようになって果たして自分はそれでよいのかと。そしてその時、自分は騎士のままでいられるのかと。
「ありがと~」
「おう、毎度あり! あ、それと奥さん。一つ耳に入れときたいことがあるんですが」
「なに?」
「最近、この周辺でまた奴が出るようになったらしいんです。『火竜』が」
「嘘……前倒したはずじゃ」
「あっしも詳しくは分からないんですが、近くの街道でそれらしき影を見たっつー、行商人がいやして」
「そうなの……教えてくれてありがとう。気を付けて帰るわね」
「あいよ、おおきに~」
精肉店を出たマーガレットは何かを思い耽る顔つきをしたまま無言で歩きはじめる。祝いの品を買ったばかりならば会話も弾むものだろうが、今回はそうもいかなかった。
そしてその理由をオリベルは理解していたがために何も不思議はなかった。
「ごめんね、オリベル。ちょっと昔の事を思い出しちゃって」
そうしてようやく振り向いたマーガレットの顔を見てオリベルは一瞬時が止まったかのような錯覚に襲われる。
「いや、大丈夫だよ」
そう返すが、オリベルは内心酷く焦っていた。なぜならマーガレットの顔に先程までとは違う、37歳4か月20日という死期が刻まれているのが見えたからであった。
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