72話 故郷の温かみ
暖かな日差しが窓から差し込み、顔を照らす。その心地よさで目を覚ましたオリベルが居たのはいつもの訓練場にある寮のベッドの上ではない。
見慣れた部屋の中に見慣れない不気味に美しい光を放つ大鎌がポツリと置かれている。
「オリベルー、ご飯できたわよー」
「はーい、今行くよ」
まだ眠い眼を拭うとオリベルは大鎌を背負い、階下へと降りていく。服装は騎士団員の制服のままだ。昨夜帰ってきてそのまま眠りについたのである。
なにせ王都からオリベルの故郷まではかなり遠い。朝早くに家を出てもそれくらいになってしまうのだ。
「今起きたの?」
「うん」
洗面所で顔を洗いながらオリベルはマーガレットの問いかけに対しそう答える。そんなに長い年月が経ったわけではない。しかし、数か月離れていただけでオリベルはこの日常を懐かしいと認識していた。
いつも通りに過ごしているように思えて実際のところ騎士団に入ってからはどこか緊迫していたところがあるのだろう。故郷の母のぬくもりに触れることでその緊張がほぐれ、本当の意味でホッと一息をつくことが出来たのである。
「急に帰ってきちゃってごめん」
「何言ってるの。いつでも大歓迎よ」
ご飯を口に運びながらマーガレットがそう返事をする。どんな事情があって帰ってきたのか、ということはマーガレットの方から尋ねることはない。
なぜなら、彼女自身オリベルが帰ってくるのは当たり前のことだと思っているからである。何かの事情が無いと帰ってこられない場所として認識させたくなかったのだ。
「あと、父さんの形見も壊しちゃって」
「あー、あれね。仕方ないわよ。だって父さん、ずっと安物の剣ばかり使っていたもの。いずれ壊れていたわ」
オリベルの父は高価な剣よりも安い剣を好んで使っていた。村周辺の魔獣達はそこまで強くはない。良くて危険度Dかそこらである。
その程度であればオリベルの父の腕からすれば格下であり、武器の切れ味よりも手軽さを重視するのは当然の事であった。
「ていうかそんなことよりもその大きな鎌の方が気になるわよ。ずっと?」
そう言ってマーガレットがオリベルの近くの壁に立てかけてある大鎌を指さす。別にこれから戦場へ赴くわけではないのにわざわざ部屋から持ち出しているのだから気になるのは当然というものであった。
それが普通の武器ならばの話ではあるが。
「こいつはちょっと特殊な武器だから近くにないと駄目なんだ」
「そうなんだ。確かに言われてみればそんな気はするわねー」
不死神の力はオリベルの力によって制御されている。制御する力は基本的にオリベルと大鎌が離れれば離れるほど弱まってしまい、地下に封印されていた時の様に力が暴走してしまう恐れがあるため、オリベルはこうしていつも近くに置いておくことにしているのだ。
マーガレットも一応それなりに魔力の扱いには長けているため、何となく大鎌の力を感じ取ってはいた。しかし、不死神の力の大部分が封印されているがゆえに漠然としてしか捉えきれていなかった。
「三日くらいしたらまた戻ろうと思ってるよ」
「ふ~ん、そうなんだ。もう少し居てくれても良いのに……」
「いや流石にそれ以上は部隊の皆に迷惑かけちゃうから」
オリベルの今回の帰省はリュウゼンが無理やりセッティングしてくれたおかげで実現したものである。リュウゼンからは好きなだけ休んでこいと言われたが、オリベルの中で三日が限度と決めていた。
こうしてマーガレットと話している間も第二部隊の面々が、特にリュウゼンが責め立てられているのを気にしての事であった。
「部隊の皆……そうね、そういえばあなたももう立派な騎士様なのよね」
改めて騎士団の制服姿のオリベルを見て感慨深そうにマーガレットが呟く。手紙では伝えられていたが、騎士になったオリベルの姿を見たのは昨夜が初めてであった。
「せっかくだし今夜はオリベルの騎士団入団のお祝いでもしちゃおうかしら。近くの町でお肉とか買ってきて。どう?」
「うわ~、それは楽しみだな」
「じゃあ朝ごはん食べ終わったら早速行きましょうか。騎士様なんだから母さんの事守ってよね?」
「当然だよ」
悪戯な笑みを浮かべるマーガレット。それに満面の笑みを浮かべてオリベルは返す。
全てのしがらみを忘れて存分にこの幸せな日常を堪能するオリベル。堪能すればするほど、この日々が終わればもう味わう事が出来ないのだという寂しさが強くなっていく。
それは仕方のないことなんだ、そう割り切れているつもりで笑うオリベルの顔にはどこか曇りがあることを本人はまだ理解していないのであった。
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