71話 訪問
リュウゼンに話をされたその日の夜、オリベルは自身のベッドに寝転がり、刃が半ばで折れている剣を眺めていた。オリベルの父の形見である。
監視されることになってしまえばもしかすれば故郷へと帰ることが許されなくなってしまうかもしれない。
そうなってしまえば、父の唯一の形見を母の下へと返すことが出来なくなってしまう。
オリベルにとって監視される生活が始まることに対する苦痛よりも自身の母マーガレットに対する申し訳なさの方が大きかったのである。
「もうちょっとお前が大人しくしてくれたら良いんだけどな」
そう言って壁に立てかけてある大鎌へと視線を移す。グラゼルの美神の剣の様に返事をすることはない。
もしそれほどまで自我を取り戻せるほど封印が解かれていたとするならば、一瞬にしてオリベルの意識を奪い去ってしまうだろう。
そんな暴君を恨みがましく眺めながらも、この力があるからこそ今まで変えることのできなかった死期を変えることが出来るのだというありがたさもある。
「どうしようか」
ぼんやりと剣を眺めながらオリベルは故郷、そして故郷に残してきたマーガレットへと思いを馳せるのであった。
♢
リュウゼンがウォーロット国王の提案を断ってから少し経過したある日の朝。金色の刺繍が入った軍服を身に纏った者が数名、第二部隊の訓練場の門前へと姿を現した。
「これはこれは。お偉いさん達が揃いも揃って俺の部隊に何か用ですかい?」
「ようやく出てきおったか。小童が」
リュウゼンの軽口に黒い軍服を着た男が応える。この中で最も権力が大きいであろうその男を一瞥したのち、リュウゼンは門を開け、中へと誘導する。
そうして客間へと案内すると、さっそく彼らの訪問の理由を尋ねる。
「それでディアーノ軍務大臣。改めて聞くが、今回はどういう用件でここに来たんです?」
「無論、不死神の適合者についてだ」
「まあでしょうねぇ」
国王とは違い、『オリベルの事』と名前を言うのではなく『不死神の適合者について』とあえて特徴だけを述べるのにその時の態度も相まって嫌悪感を募らせるリュウゼン。
騎士団員の事をただの道具だとしか思っていないのであろうその様子は一部の貴族では見受けられ、そのほとんどがこの男の傘下であることをリュウゼンは何となく聞いたことがあったのだ。
「なぜ陛下の命令を無視した?」
「無視はしてませんよ。却下しただけです」
「何をたわけたことを!」
リュウゼンの言葉にディアーノ軍務大臣の横に居た別の大臣が苛立ちに声を荒らげる。
それもそうだろう。国王の申し出は既に決定された事項としてリュウゼンに告げられたはずである。
それを真っ向から拒否するなどかなり異例の案件だ。告げられた国王本人ですら一瞬呆気に取られて思考停止していたほどである。
「リュウゼン。まだ若い貴様には分からぬと思うが陛下の命令とは一騎士団員が却下できるものではない。したがって貴様は今、陛下の命令を無視している反逆者も同然という事だ。分かるか?」
「さあ。というか本題はそこじゃないでしょう? 俺も忙しいんで単刀直入に仰ってほしいんですけど、俺に何をしてほしいんですか?」
リュウゼンの不遜な物言いにディアーノ軍務大臣以外の大臣がピクリと眉を顰める。
「大臣の割に腹の探り合いが苦手な方が多いようで」
「貴様に対しては必要ないだけだ」
ディアーノ軍務大臣の言葉は決して負け惜しみという訳ではない。
今回はいざとなれば強硬手段に出られるように武闘派の者を連れてきただけで、知略が必要であれば逆に知能派の者を連れていく。
言葉の通り、リュウゼンに対しては知略は必要ないと断じていたが故の選出であった。
「まあどうでもいいですけど。それじゃあ、もう一度聞きますね。要件は何でしょう?」
「不死神の適合者をこちらに引き渡せ」
「無理だね」
ディアーノ軍務大臣の要求をニヤリと笑ってそう返すリュウゼン。ディアーノ軍務大臣が何を要求してくるのかは何となく予想が付いていたのだ。
考えるまでもなく即座に拒否したリュウゼンにディアーノ軍務大臣は深いため息を吐く。
「それは陛下の命令に逆らうという事で良いな?」
「陛下の命令に逆らう? 何言ってんだ。俺が逆らったのは陛下の命令じゃなくて“お前の命令”だよ」
そもそも国王はオリベルに不死神という業を背負わせた上に監視生活を強いるということに引け目を感じていた。
元々気が乗らない決定であったがゆえにリュウゼンに目の前で拒否されても何も追及することなく笑って王城から帰したのだ。
その経緯から考えて今回のディアーノ軍務大臣の来訪は国王の命令ではなく大臣達の独断で行動した結果のものであるのは明らかだ。
だからこそのリュウゼンの反論である。
「それに今オリベルには休暇を与えてる最中だからここには居ないしな」
「はあ?」
ご覧いただきありがとうございます!
もしよろしければブックマーク登録の方と後書きの下にあります☆☆☆☆☆から好きな評価で応援していただけると嬉しいです!