66話 戦いの後
「ん……」
目が覚めると見覚えのある天井が視界に入る。いつの間にかグランザニアの訓練場にある自身の部屋へと運ばれていたらしい。そのことを理解するとオリベルはゆっくりと身を起こす。
「痛っつ」
頭に鈍い痛みが走る。不死神が無理やり意識を奪い、力を使いまくっていたため体に残る疲労はまだまだ取れていないようだ。
少しの間、額を抑えて目を瞑り、痛みが和らいだのを確認するとゆっくりと瞼を開ける。
「あれからどうなったんだろう」
オリベルには魂狩りが神へと覚醒し、地面へと叩きつけられたその時からの記憶がなかった。
したがって、ギルゼルを倒すことが出来たのか、そしてレオン達は無事だったのかということをまだ知らないのだ。
取り敢えず現状を把握するためにベッドから起き上がり、ベッドの脇に置いてあった大鎌を背負うと、部屋から出ていく。
訓練場内は閑散としており、人の気配がしない。通常であれば演習場に集まっていることが多いため、取り敢えずオリベルはそちらへと足を向けることにする。
「あれ? 居ないな」
しかし誰かは居るであろうと踏んでいたオリベルの予想は外れ、演習場には誰も居なかった。演習場に置かれている時計を見て時刻を確認する。
まだ朝は早いもののこの時間であれば誰かは起きているはずだ。どういうことだと思考を巡らせながらオリベルは訓練場内の廊下を歩いていく。
「今人の声がしたな」
廊下を歩いているととある扉の前で何か物音が聞こえてくる。普段は団員たちが怪我をした際に治療を受けたり、寮に戻るのが面倒な際に仮眠をとる休憩室として使われている部屋である。
静かではあるものの微かに話声と物音が聞こえる。誰だろうと思い、オリベルは静かにその部屋の扉を開ける。
部屋の中には第五部隊全員が一つのベッドを取り囲むようにして立っていた。その中には王都に召集を受けていたはずのリュウゼンの姿もある。
何かは分からないが、重々しい空気を感じ取ったオリベルは物音を立てずに、同期であるオルカの隣へと移動する。
「起きたのですね。何故だか無傷でしたのであまり心配はしていませんでしたけど」
「そこは心配してくれよ……それでこれはどういう状況なんだ?」
「あの方、ミネルさんのお兄さんらしいです。魂狩りに魂と体を奪われてかなり衰弱しているので今、医者に診てもらっている段階です」
そう言ってオリベルがオルカの視線の先を見ると、白衣を纏った女性がベッドに横たわっている男性に聴診器のような物を当てながら何やら深く考え込んでいるのが見える。
「先生。お兄ちゃんは助かるのでしょうか?」
「……残酷な事を言ってしまうけれど難しいわね。両手足はほとんど壊死してしまっているし。魔力を使って簡易的に検査してみたけれど体内も恐らくほとんど機能していないわ。今、息をしているだけでも奇跡なレベルね」
「そう、ですか」
医者の言葉を聞いてミネルは案外取り乱すこともなく、その言葉を受け入れる。元々、覚悟はしていた。
かなりの長い期間、魂狩りに体を奪われ、無理やりに酷使されていたのだから、生きているだけでも奇跡というのは本当にその通りなのである。
しかし、覚悟はしていたもののやはり一度助かるかもしれないという希望を見せられた分の絶望は深い。
頭の中が黒い感情で満たされ、どこか現世に意識が滞在せず、この光景を俯瞰しているような、そんな感覚にミネルは陥っていた。
ミネルの兄がここへ運び込まれた理由。それはミネルの故郷が既に魂狩りによって滅ぼされてしまっているからだ。
唯一の生き残りであるミネルが引き取り、この訓練場へと連れ帰ってきたのである。
今も意識を覚まさないまま半身ほどが紫色に浸食され、ベッドに横たわっている。
医者からはもう目を覚ますことはない、もって後数時間だろうと伝えられ、ミネルはキッと口を一文字に結び、黙りこくってしまう。
「……取り敢えず、ミネルと兄貴を二人きりにさせてやるか」
「そうね」
リュウゼンの言葉に全員が同意を示し、部屋に二人を残して外へ出る。
「あいつの兄貴には俺達も世話になったからな。思うところはあるが」
「ミネルはもっとでしょうから」
部屋の外でリュウゼンとクローネがそう言う。彼らはミネルと共に過去、魂狩り討伐に向かい、そして失敗した。あのときに止められていたら、何度そう思ったことだろうか。
魂狩りによる村壊滅を防げなかったことが三人の心には深く刺さっていた。
「てかオリベル。お前、よくあの状況で助かったな。神に覚醒した魂狩りなんざ絶望しかねえぞ」
「いや、僕もどうして助かったのかは分かってないんですよね。気を失ってただけなので」
「やっぱり覚えていないのですね」
「覚えていない? 何をだ?」
オルカの言葉にオリベルは疑問符を浮かべる。
「あなたが神に覚醒した魂狩りを倒したのですよ」
「え? そんな訳ないじゃないか。僕はただ気絶してただけだぞ?」
「いや、オリベル。それが本当らしいぞ。たまたま戻ってきてた英雄様が魂狩りに勝ったお前を目撃してたんだからな」
リュウゼンの言葉に全員がうんうんと頷く。そう言われても全く身に覚えのないオリベルからすれば首を傾げたくなるのみであった。
「そういえばレオン……その、今回の魂狩りの被害者たちは無事だったのでしょうか?」
「今回は被害者ゼロだ。まあなんだ、よくやったな、二人とも」
そう言うとリュウゼンはオルカとオリベルの頭をガシガシとなでる。オリベルは少し嬉しそうにして、オルカは少し嫌そうにしながらもその賛辞を受ける。
「もしかしたら今回のでまた俺達の部隊の等級が上がるかもな」
「マジかよ!? んじゃあよ、これでまた俺も女の子からモテモテに……」
「はぁ、ディオス。あなた相変わらずね」
「良いじゃねえか~、俺の生きがいなんだよ」
三人のそのやり取りはいつもと同じようにふざけているように見えて、目の奥はそこまで堪能しきれていないのが分かる。
元気よく振舞っていてもミネルの兄の存在が心のどこかに引っ掛かったままなのである。
「オリベル。本当に覚えていないのですか?」
「うん。全く覚えてないな。皆から魂狩りを倒したって言われても僕にはその実感が一切ない」
それにオリベルにとって自分が魂狩りを倒したという事実は正直どうでも良かった。それによってレオン達が助かったという方が重要であった。
死期という運命を変える、それには神の力が何かしら関わっているのだと強く認識することが出来る。その実感がオリベルの目的達成のためにも必要であった。
それからしばらくして扉がガチャリと開き、ミネルが外へと顔を出す。その顔には先程まで泣きはらしたのであろう、涙の筋が二本跡を残していた。
「皆、ありがと。もう良いわよ」
その言葉からその場にいた全員がミネルの兄が死んだことを察するのであった。
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