58話 オルカとミネルの戦い
爆風の中から白い腕が伸びてくる。凄まじい衝撃波を纏ったその腕は上半身を反らしたオルカの黒い髪を少し掠める。
爆発と衝撃波。オリベルが城へ射出されてからというもの二者の争いは劇的なものに発展していた。
「はあっ!」
ミネルの拳にオルカのレイピアを当てる。どちらの纏う魔力量も拮抗しているために空中で重厚な空気の張り裂ける音が辺りに鳴り響く。
一方はひどく無感情な顔で、もう一方は悲しげな顔で。たびたびミネルの訓練相手をさせられてきたオルカからすれば戦場でこうして戦闘を交えるのは不本意であったのだ。
だが、オルカだからこそミネルの戦闘の癖を知っている。そしてそれは同時にミネルにも言えることである。加えて実力で言えば数々の経験を重ねているミネルの方が一枚上手だ。
何かこの状態を解く鍵はないかと戦闘を交えながらオルカは思考を巡らせる。
魂狩りの力は生物の魂をその体から奪い取る能力のはずだ。
だが、ミネルの今の状況は無属性魔法を操っていることから体の中にミネルの魂もありながらも操られているという何とも不可解な状態である。
となれば考えられるのは魂狩りの支配下にある魂がミネルの体に送り込まれることによって人格だけ別の者に置き換わっている状態にあるのではないかとオルカは結論付ける。
「ただ、それが本当に可能なのかは分かりませんが」
ミネルの話では魔力障壁が強力な者からは魂を奪うことはできないという話であった。
逆に言えば魂を体内に送り込むのもまた出来ないはずである。妖精蝶の時にも幻覚作用を食らうことなく過ごしてみせたミネルの魔力障壁がそれほど脆弱だとは考えにくい。
魂狩りに叩きのめされたというのならばあまり外傷が見当たらないミネルの体も不自然だ。
そこでオルカはミネルの体にある違和感を覚える。体というよりはその装着している物だ。
ここに来た時には確実に着けていなかった金属質の輪っかがミネルの両手首、両足首、首に巻かれていたのである。
「あの輪っかが怪しいですね」
中途で現れた金属製の人形の形質とほとんど同じ輪っか。それを破壊すれば良いのではないかと考えたオルカはすぐさまそれを目的として爆発魔法を放つ。
しかしそれをミネルの衝撃波が防ぐ。身に着けている者がウォーロット騎士団の一部隊の隊長と同じくらいの強さを誇る少女である。一筋縄ではいかないのは明らかであった。
レイピアを手にしながらミネルに突っ込む。前方から放たれた衝撃波に爆発魔法を当てて相殺する。
そうして爆発によって巻き起こった砂塵に紛れてオルカはミネルからの死角となるミネルの後方へと瞬時に移動する。
刹那、銀色に光ったレイピアがミネルの手首をめがけて突き出される。
瞬発力が随一のオルカによる刺突はかくして右手首に巻かれていた輪っかを破壊することに成功するのであった。
「まずは一つ目」
♢
地上でオルカがミネルと激戦を繰り広げている中、オリベルは一人だだっ広い城の廊下を走っていた。周囲にはミネルが暴れた後であるため鎧人形たちが現れることはない。
魂狩りが保有している魂もミネルの破壊によってかなりの数を消費させられていたのだ。
「それにしてもオルカの奴、全然躊躇いなく吹き飛ばしやがったな。まあ、死んでないから良いんだけどさ。てかこれいつまで続くんだ? 面倒だな」
一々廊下を走っていくのはあまりにも億劫である。その思考回路に至るのはミネルと同じであった。オリベルは近くの壁に向かって黒い大鎌、いや大鎌アーゼルを振り下ろす。
次の瞬間、壁に大きな亀裂が走り、呆気なく道が開ける。ミネルの衝撃波ですら破壊困難であったというのに神の武器を持ったオリベルの前では無力であった。
大鎌アーゼルから放たれた黒い斬撃は一つ目の壁を切り裂いたかと思えば留まることを知らずにそのまま二個目、三個目と壁を割っていき道を切り開いていく。
「よしいける」
そのままオリベルは城を破壊しながら中枢部へと向かう。そうして少し開けたところに出たかと思うと、その中央に玉座のような椅子が浮かんでいるのが見える。
そしてその真横には気を失って項垂れている少年の姿があった。
「レオン!」
「また誰か来たのか……ああ、下で暴れていた子だね」
宙に浮かぶ玉座に座っているクリーム髪の青年レンオウはオリベルを見下ろすとそう呟いて腰を上げる。
玉座から立ち上がるとも依然として宙に浮かんだままま、先程ミネルに告げたのと同じ言葉を吐く。
「さて、君に与えられた選択肢は僕に従うか逆らうかの二択だ。従うと言うならこの少年は解放しよう。逆らうというのならばこの少年は死ぬことになる。さてどうする?」
「どうせ同じことをミネルさんに聞いたんだろ? それで従うって言ったからああなったわけだ」
「さて、それはどうかな?」
そう言いながら魂狩りは硬質化した刃を作り出し、レオンの首筋へと当てる。こうなってしまえば誰も抵抗できなくなることを理解しているのだ。
魂狩りの危険度の本質は魂を奪う事によって得る知性にある。
神ではない魔獣は基本的には知性を持たない。知性を持つというのはそれすなわち神にも届く可能性があるという事なのである。
「というかどうせ君は従うという選択肢を選ばざるを得なくなる。この少年が死んでしまうのは嫌だろう?」
「どこまでもせこい奴だな」
自分では戦う事をせず、窮地に追い込まれれば人質を取る。魔獣と戦っているようには思えないその状況に歯がゆくなるオリベル。
「従うならばその手に持つ鎌をそこに置いて、その場に跪け」
最初は躊躇っていたオリベルも魂狩りの指示に従って大鎌を地面へと置き、両手を挙げて地面へと膝をつく。
それを見た魂狩りが満足したようにパチンと指を打ち鳴らすと五つの金属製の輪っかが宙に生じる。
「嫌に素直だな」
「……」
無言のままでいるオリベルの手、足、首にその五つの輪っかがはめられていく。これが先程ミネルを操った原因である。
全ての輪っかがはめられた瞬間、オリベルの瞳から感情が消える。
「隙でも狙うつもりだったか? だが残念だったな。こうなってしまえばお前の魂は僕の手の内だ。立て」
魂狩りがそう言うとオリベルは言うとおりに従って立ち上がる。操り人形の出来上がりである。
「さてと、お前にはどんな命令をしてやろうか」
空中にレオンを残したままスーッと滑るようにオリベルの下へと降り立つと感情の消えた瞳を覗き込みながらそう呟く。
目の前に居るのは自分の意のままに操ることのできる人形。それがゆえに逆らうことはできないだろうと高を括ったのがいけなかった。
「何の命令も聞くわけないだろ」
聞こえる筈の無い意志のある言葉。それが聞こえたかと思えば、次の瞬間、魂狩りの体は黒い腕に殴り飛ばされているのであった。
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