56話 兄妹
時は現代に戻る。魂狩りに姿も魂も奪われてしまったミネルの兄、レンオウが空中に浮かんでいる玉座に座しながら下に居るミネルを睥睨する。
「来たかい? 我が妹よ」
「その声……やっぱりまだその姿だったのね」
ミネルはその姿を認めると少し複雑な感情になる。
故郷を滅ぼされたというやるせない気持ちとこれで兄を取り戻すことが出来るかもしれないという希望が入り混じった複雑な感情。
その思いを抱えたままミネルは強く魂狩りを睨みつける。
「アンタに妹だなんて呼ばれても何も嬉しくないわ。あなたからお兄ちゃんを取り戻してからその言葉は聞きたいの!」
地面を蹴り空中へと飛び上がる。
その瞬間、ミネルの足底から衝撃波が生じ、加速する。もはや視認できない程の速さで魂狩りへと迫りゆく。
そして振るわれたミネルの拳が魂狩りへと迫ったまさにその瞬間、その拳を受け止めるように玉座から紫色の不気味な腕が生えてきて魂狩りを囲う。
爆ぜるような音とともにその不気味な腕へとミネルの拳が衝突する。
「惜しかったな」
衝撃波を伴ったミネルの拳を受け止める不気味な腕。その光景を目にしたミネルは驚きに目を見開く。
以前までの魂狩りであればこの攻撃を防ぐことはできなかったはずだ。
しかし今、魂狩りは見事にミネルの一撃を防いでみせた。しかもその腕にはまったく傷すらついていない。
「風刃」
拳を止められ、体勢が崩れ回避できない状態に陥っているミネルの腹に風で作り出された刃が突き刺さる。
魔力障壁で体を覆われているため真っ二つにされることはないものの、衝撃を殺しきることはできず天井すれすれのところまで吹き飛ばされてしまう。
それに追撃するかのように数十にもわたる風の刃がミネルの体を切り裂いていく。
「うん? おかしい」
最初は空中で風の刃を食らい続けているミネルを見てすぐに倒すことが出来るだろうと思っていた魂狩りだったが、あまりの手応えの無さに訝しみはじめる。
それもそうだろう。ミネルは最初の風の刃以外は当たる直前に衝撃波を打ち出しダメージを殺していたのだから。
「案外賢いのね」
気が付かれたと察したミネルは隠すことはないと言わんばかりにそう呟くと絶大の衝撃波を放ち、すべての風の刃を打ち消す。
「僕は魂を奪った奴の知識も会得できるからね」
だからレンオウの体を奪った時から普通に人間の言葉を解し、自在に操っていたのである。
その成長速度はまさに脅威そのものであった。
「君達から受けた傷を回復しつつ潜伏して力を蓄えていた。そしてまさに今、僕は神をも超える力を手にしたんだよ!」
玉座の上に立ち、大きく両腕を広げる魂狩り。すると、城の至る所から魂狩りが生み出した人形たちが憎悪の声をあげながらミネルの周りを囲み始める。
それから行われるのは絶え間ない攻撃であった。魂狩りが作り出した人形たち一つ一つが異常に堅く、ミネルでも破壊するのに最低でも三撃は必要だった。
そのため、攻撃を避けながら破壊するのがかなり至難の業となっていたのだ。
そのうえ、回避したところに魂狩りによる風魔法が飛んでくる。まさに隙の無い攻防戦を繰り広げる羽目となる。
左から迫りくる人形の拳、それを衝撃波によって仰け反らせると右から飛んでくる別の人形の拳に蹴りを合わせる。
加えて襲い来る風魔法を上体を反らして回避し、その合間に拳を穿って、人形に破壊の一打を与える。
一体倒しても次から次へと増えていく人形たち。魂狩りはこの数年の間、各地で人間の魂を集めていたため、所有している魂も多い。
その中には今回の被害者となったレオンの母親の魂もあるかもしれない。
彼女はまだ魂を抜き取られて日は浅い。ミネルの母親とは違い、今魂を取り戻すことさえできれば命に別状はないだろう。
レオンとその妹の姿をかつての自分と兄の姿に重ね合わせていたミネルは余計にその奪還に拘っている。
以前取り戻せなかったのを今回は取り戻すのだという強い意志で魂狩りとの戦闘を繰り広げていた。
「うん? おお、新たな魂が来たか」
ミネルが戦闘している最中、魂狩りの下へ一体の人形が飛翔してくる。そしてその腕に抱えられた存在を見てミネルはひどく狼狽する。
「あの子は」
村で見た被害者の子供の一人、レオンの姿であることを瞬時に理解したミネルは反撃を顧みることなく即座に魂狩りの下へと飛び上がる。
「アンタ! いい加減にしなさいよ!」
「おっと、いいのかい? この子を傷つけてしまっても」
ミネルが拳を叩き込もうとしたその時、魂狩りは眼前に気絶したレオンの姿を持ってきてちらつかせる。
それを見たミネルは突き出そうとした拳を引っ込め、歯を食いしばる。
「外道」
「外道で結構。僕はこの姿を持っているとはいえ魔獣さ。もう君の兄ではない」
兄ではない、そんな言葉が実の兄の姿をした存在から言われればどれほどに傷つくことか。それも仲の良い兄妹だけあってその言葉はひどくミネルを傷つける。
かつて兄を取り戻せなかった自分、そして村を救えなかった自分。
そんな自分に腹が立ってからというもの戦いを重ねて成長することに拘り続けてた結果、戦闘狂と呼ばれるようになった。
それほどの原動力となった兄の口から、本人ではなくとも君の兄ではないと言われれば狼狽えるのは当たり前という物であった。
「さて、この少年を殺されたくなければ大人しくするんだな」
「そんなこと……」
感情を揺さぶられたミネルは隙だらけとなっていた。その隙を狙われて放たれた人形の拳がミネルの腹に深々と突き刺さるのであった。
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