55話 異変
木でできた新種の魔獣の住処はいたってシンプルであった。何か装飾などが施されているわけではなく、ただ味気の無い景色が並んでいるだけである。
その中を歩いていくのは四人の騎士と一人の自警団、ミネル達であった。辺りを警戒しながら廊下を進んでいく。行けども行けども何も起こることはない。
「なんだ、なんも起きねえじゃねえか。せっかく期待してきたのによ」
「リュウゼン。魔獣が弱いことに越したことはないわ。それに実際の被害者の親族の前なんだから慎みなさい」
この頃のリュウゼンはまだ戦いというものに対する嗅覚が鋭かった。戦うたびに自身が錬磨されていく感覚、それがたまらなく楽しかったのである。
これが隊長としての自覚を持つようになるのはまた別のお話である。今は完全なる戦闘狂がリュウゼンの心の中で暴れまわっていた。
「別に大丈夫ですよ。気にしませんし」
笑いながらそう答えるとレンオウは剣を振り回し、至る所から鬱蒼と生えている木の枝を切り落としながら魔獣の住処を進んでいく。
そしてそれから何事もなく進んでいきその住処の天頂付近まで来た時、五人は少し大きな部屋へとたどり着く。
「ありゃ何だ?」
部屋の真ん中にはドクンドクンと脈打つ大きな柱が存在した。
「あれが魔獣の本体かしら?」
「いや、違うはずですけど」
レンオウはクローネの言う事を否定する。なぜならあの見た目では村まで来て自身の母親に呪いをかけることが出来るとは思えないからである。
それに以前、村を襲ってきた魔獣の姿とは全く異なっていた。村を襲った時は既に他の魔獣の姿を奪い取っていたため、目の前の柱のような物とは似ても似つかなかった。
「下がってろ。確かめてみる」
そう言うとリュウゼンがスウッと腰に提げていた剣を取り出し、構える。
剣に黒い焔が纏われていき、次の瞬間、音をも置き去りにするほどの速さでリュウゼンの剣がその柱へと突き刺さる。
突き刺さった場所から黒い焔が延焼していき、周囲の魔力で燃えながら包み込んでいく。
すると、どこからともなく人間のうめき声のような物が聞こえてくる。
「な、何だこりゃ」
謎の人間のうめき声。その気持ちの悪さにリュウゼンが顔をしかめ面にした瞬間、何かがリュウゼンの真後ろに落ちる音がした。
全身が毛で覆われており、二足で歩いている姿は一見すればただの猿だ。
だが、それの正体に気が付いたレンオウは血相を変えてリュウゼンの方へと飛び出す。
「危ない!」
「な、何だ?」
そうしてレンオウは油断しているリュウゼンへと飛び掛かろうとしている猿へと剣を振りかざす。
レンオウの攻撃に気が付いた猿はリュウゼンの方へと飛びつこうとしたのをやめて、くるりとレンオウの方へと顔を向ける。
そして器用にレンオウの剣を避けるとそのままレンオウの首筋に噛みつく。
「お兄ちゃん!」
突然の事態。ただの猿とは思えないほどに強力な一撃で一瞬にしてレンオウの魔力障壁を破ったのだ。
真っ先に動いたのはミネルであった。すぐさま兄の元へと駆け寄ると、猿に向けて拳を振るう。
綺麗にその一撃が猿の頬を穿ち、そのままレンオウの体から引きはがすことに成功する。
「大丈夫!?」
猿を殴った勢いのままミネルは蹲るレンオウの顔を確認する。
「ぐ、な、何だこれ」
頭をガンガンと打ち付けるような痛みが押し寄せる。ただ噛みつかれただけではない。明らかに何か痛みとは別の作用が働いていた。
その間に猿の体はリュウゼンによって焼き払われていたもののレンオウの痛みが改善されることはない。
「毒か?」
「かもしれないわね」
頭を抱え、苦しみの声を上げるレンオウを見て全員が安否を気遣う。
毒でなくとも噛まれたところが首筋なだけにかなり危険なことであるのは変わりなかった。
「取り敢えず一回村まで運ぼう。このままじゃ危険だ」
猿を倒し終えたリュウゼンは作戦の実行をやめるように指示する。
流石のリュウゼンも人の命を天秤にかけた際に戦いを取る程、愚かな存在ではないのだ。
「お兄ちゃん、歩ける?」
「う……うう」
苦悶の表情を浮かべ、ミネルに肩を預けながらその場を後にする。しかし、出口へとたどり着いたときに四人はそう言えばと立ち止まる。
ここに来るためには広い川を横断しなければならない。しかし、今風属性を使えるレンオウは猿の毒牙にやられ、魔法を使えない状態である。
「どうする? ミネルに一人ずつ運んでもらうか?」
「いや、それだとミネルの兄貴が手遅れになるかもしれない。先にミネルと兄貴だけで村に戻ってもらって俺達は後でミネルに回収しに来てもらえばいい。ミネル、行ってこい」
「分かった」
焦り、思いつめた顔をしているミネルにリュウゼンがそうやって指示を出すと、空中を蹴りながら川を渡り始める。背中には苦しみ続けているレンオウの姿がある。
そうして川を渡っている途中ミネルはふとある違和感に気が付く。
それは背負っているレンオウの方から聞こえていたはずの息遣いが聞こえなくなっていたのだ。
苦痛に蝕まれているのならば息が荒くなることはあろうとも全くの無音になることはない。
「お兄ちゃん?」
安否を気にするがあまりに声を掛けるも反応はない。つい先程まで苦悶の声を上げていたというのに何の反応も示さないのだ。
その時、ミネルの脳裏には村で見た母親の状態が過る。息はしていない、でも脈はちゃんとある。
それと同じ症状をミネルが感じ取った次の瞬間、爆発的な魔力がレンオウから発せられ、ミネルの体が吹き飛ばされる。
「ふむ、この体。良い魔力だ」
水面へと叩きつけられたミネルの目の前には川の上で浮かび上がっているレンオウの姿があった。
「……お兄ちゃん?」
突然の出来事に何が起こったのか分からなくなったミネルは不敵な笑みを浮かべて川の上で浮かんでいるレンオウの姿を見あげる。
そこに居たのは兄であって兄ではない。いつもとは明らかに異なったレンオウの様子にミネルはさらに困惑する。
「この体ならばできるな」
そう呟くとレンオウが凄まじい魔力を水面へと打ち放つ。
刹那、風の魔力によって川が勢いよく噴出していく。更には近くの地面から土や鉱物が上空へと浮かび上がっていく。
そうして気が付けば何もかもが入り混じった空に浮かぶ巨大な塊が形成されていた。
「これに奪った魂で命を与えてやれば」
上空に出来上がった塊まで浮かび上がるとレンオウはその塊へと手を当てて目を瞑り、念じる。
すると次の瞬間には、上空に浮かぶ立派な城が建造されるのであった。
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