50話 被害者
「何だ神殺しじゃないのか」
そう言ってこちらを振り返った少年の顔を見てオリベルは顔には出さずに内心でひどく驚く。なぜならその顔に赤く10歳2か月12日という数字が書かれていたからである。
あまりにも早い死期。それがどうしても気になっていたオリベルは次に臥せっている女性の顔を見て再度胸が締め付けられる思いがする。
その女性の顔に書かれていた死期も35歳0か月0日という早い死期だったのだ。
「神殺しじゃなくて悪かったわね。ちょっとその女の人、見せてもらうわよ」
「お、おい! 勝手に」
抵抗する少年を押しのけ、ミネルはベッドの上で寝ている女性の様子を見る。目立った外傷はない。ただ、顔は生気を失っているがごとく青白く、それにまったく呼吸をする音が聞こえない。
呼吸はしていないはずなのに脈は動いているというその異様な状態は明らかに病気とは違う何か別の物が原因であった。
「やっぱり私が知っている呪いと同じね。この人、あんた達の母親?」
「……そうだよ」
「うん!」
少年が不貞腐れた様に言い、少女が元気よく返事する。それを聞いたミネルは急がないとダメね、と呟くと母親から離れる。
「おい、どこに行くんだよ!」
「どこへ行くってその呪いをかけた魔獣を倒しにいくに決まってるじゃない」
「なら俺も行く」
「無理ね。あんたじゃ足手まといになるから。二人とも、行くわよ」
それじゃ、とそれだけ告げるとミネルは部屋から出ていく。部屋の中には悔しそうにミネルが出ていった扉を見つめる少年とそれを不思議そうな顔をして見守る少女の姿があった。
「申し訳ありません。あの方は少々雑なところがございますので」
オルカはそれだけ言うとミネルの後ろを付いていく。
「ねえ、君。ちょっと良いかな?」
「……なんだよ」
オリベルの問いかけにぶっきらぼうに答える少年。それに構わずオリベルは質問を続ける。
「君の年齢は? 後、お母さんの年齢も教えてくれるとありがたい」
「なんでそんなこと……俺は10歳」
「お母さんは今日でちょうど35歳だよ! さっきメアリおばさんがケーキを持ってきてくれるんだってさ!」
少年が母親の年齢を告げようとした時、横から少女が嬉しそうに告げる。
メアリおばさんというのは父親の姿が見えないところを見るに恐らく母親が臥せってから世話を焼いてくれている人物の事であろう。それを聞いたオリベルはひどく心が締め付けられた気分になる。
今すぐにでも死期の事を伝えてあげたい気持ちになる。しかしそれをしてしまえば少女の心は深く傷つくことだろう。もしもオリベルが黙ったまま母親を救う事が出来るのならばそれに越したことはない。
「そうかありがとう。ちなみに君……えーと」
「俺はレオン。こいつは妹のジュリアだ」
「レオンとジュリアか。それでレオンは10歳になってからどれくらい経ったんだ?」
「やけに細かく聞いてくるな。2か月くらいかな?」
「私は5歳だよ!」
「教えてくれてありがとう。お母さんは好きかい?」
「うん!」
「そうか。お兄さんたちが助けるから少し待っててね」
それだけ言うとオリベルは部屋を出て、レオンとジュリアの家からも出る。外ではミネルとオルカに二人が村民と話をしながらオリベルが出てくるのを待ちわびていた。
「遅いわね。さっさと行くわよ」
「すみません」
そうしてミネルに連れられてオリベルは村を出る。胸に一抹の不安を秘めながら。
♢
「お兄ちゃん? どこへ行くの?」
「ちょっとな」
少年レオンが家の玄関にて靴を履こうとしているところを妹であるジュリアが不安そうに話しかけると、レオンはそう返してジュリアの方を向く。
「お兄ちゃんは今から出かけなきゃいけないところがあるんだ。ジュリアはお母さんを守っててくれるかい?」
「……うん、分かった」
レオンの言葉に不安を抱きながらもジュリアは小さく首を縦に振る。本当は行ってほしくないのだ。なぜなら兄がどこへ向かおうとしているのかなんて考えずとも分かる。
一方でそんなジュリアの様子を見たレオンは一瞬迷う。大切な妹を置いて出ていっても良いのか。しかし、魔獣の力を目の当たりにしたレオンはオリベル達に任せて家で待っていることが出来なかった。
「母さんの誕生日パーティまでには戻るから。メアリおばさんと一緒に待っていてくれ」
それだけ言うとレオンは立ち上がり、不安げな眼差しで背中を見送る自身の妹に後ろ髪を引かれる思いをしながらも扉を開き、外へ出る。
「母さんが居ない今、あの家を支えられるのは僕しかいないんだ」
レオンの父親はレオンがまだ幼いころに亡くなっていた。魔獣から村を守るために死んだのだ。そんな勇敢な父の背中を見ていたレオンはそれからというもの、自身がこの家を支えるんだという強い意志を持っていた。
嫌いであった剣術を独学で学び、筋トレも毎日欠かさずにやってきた。それゆえに数日前に現れた魔獣に対して自身が近くに居ながらも一瞬にして意識を奪われ、何もできなかったことを悔やんでいたのだ。
そうしてようやく今日、身体を動かせるようにまで回復した。おまけに期待していた神殺しではないにしろ世界最強との呼び声が高いウォーロット騎士団の騎士が来ていたのだ。
レオンからすれば母親を助けるのに好都合だったのだ。
「今度こそ僕が助ける」
思い詰めるがゆえに生まれた小さな蛮勇は後ろを振り返らないまま騎士が向かった方へと足を運ぶのであった。