46話 王都での一晩
「そういえば隊長に今晩には戻って来いと言われてましたね。結局無理でしたけど」
木でできた桶でお湯を体にかけながらオルカはそんなことを思い出す。何か伝えることがあるから早めに戻って来いと言われていたのだ。
結局、帰るのが明日になりそうなことを心の中で謝りながら今日あった嫌な出来事を思い出していく。
まずはディアーノ家で言われた事についてである。
なぜ第一部隊に入れていたのにわざわざ第十部隊という最も地位の低い部隊へ入隊したのか、という事だ。
兄であるセキは常にトップをひた走ってきた。それと比較されたのだ。
オルカの実力が足りなかった訳ではないため、余計に小言を言われた。事情を知らない周囲のお偉いさん達から陰口を言われることもあったという。
元々、無理を聞いて騎士にさせてやったというのに歯向かうとは何事かと。そういう訳である。
「何のために騎士をやっているんですかね、私は」
幼い頃に読んだ英雄の絵物語。それに追従する勇敢なる騎士達の姿。それに憧れて騎士の道を目指していたが、いつの間にか父の権力のための道具と成り下がっていた。
機械の様にセキの辿ってきた道を歩かされるだけ。そこにオルカの意思はない。
それでオルカのやりたい事が出来るのならばまだ良いが、恐らく第一部隊にてセキの管轄下に置く事で自由にはさせてもらえないだろう。
騎士というのは危険が付き物だ。何が起こるかわからない。形だけの騎士になる可能性が高かった。
そんな運命を受け入れていた彼女の前に現れたのが白髪の少年、オリベルである。
かつての自分の様に純粋無垢な眼差しで騎士を目指している彼の姿に惹かれてもう一度自分の道を歩きたいと思う様になったのだ。
「それにしても最後のアレは言い過ぎました。どうしますか」
ディアーノ家を去る際にオルカが放った一言。それは第十部隊から第一部隊に成り上がる、そうすれば文句はないでしょうという内容であった。
しかしそれはあまりにも非現実的な話だ。そう言ったことを後悔している時にオリベルと遭遇した。
チャポンと音を立てながら湯をためた湯船に入る。風呂に入るといつも一人で考え込んでしまう。それに従って入っている時間も長くなる。
「オルカ、晩御飯の用意ができたってさ」
「分かりました。すぐに上がります」
オリベルの声が聞こえ、湯船から上がる。いつまでもこんな事を考えていては駄目だと己を律しながら。
「自分で決めた道ですから」
誰にでもない、自分に向けたその呟きは風呂場に付着した水滴に飲み込まれ、流されていくのであった。
♢
「なんかのぼせてないか?」
「少し湯に浸かりすぎました」
風呂から上がってきたオルカの頬が思いの外、真っ赤に上気しているのを見てオリベルが心配そうに尋ねる。
それをオルカは気にするなとでも言いたげの口調で返す。
「まあ良いけどさ。どうせ僕はご飯を食べてから入るつもりだし。さ、下へ行こう。アーリが待ってる」
「はい」
そうして二人が階段を降り、食事場へと到着するとアーリが忙しなく食器を運んでいる姿が見えた。
「あっ、お二人とも少々お待ちくださいね。すぐにお席へご案内致しますので!」
「はーい」
二人の姿をいち早く見つけたアーリは厨房の奥の方へと食器を片付けに行くと、ものの数分で戻ってくる。
「お待たせしました。それではご案内しますね〜」
そうして案内された場所は以前とは違い、周囲が扉で仕切られている座敷である。
「あれ? こんなところあったんだ」
「はい。騎士様は目立つだろうという事でお父さんが作ったんです。どうです? ここなら周囲の目も気にせずにゆっくりできますよ」
「何から何まで悪いね。ありがとう」
「いえいえ。お二人のお陰でお客さんも増えてこうして王都でまたやっていけているのですからこのくらい大したことありません。それでは」
そう言うとアーリが机の上に置いてある銀の蓋を取り去る。その中からは以前と質の変わらない程豪華な食事が用意されていた。
「ごゆっくり~」
そう言って座敷の扉を閉めてアーリが出ていく。残されたオリベルとオルカは目の前に出された食事を見て早く食べたい欲が勝っていた。
「すごいな、また一段と豪華だ」
「これで利益が出ているのですから本当に凄いですね」
故郷から安く食材を仕入れているから、と言っていたがそれでもこれだけの料理をあの値段で振舞えるというのは強みとなる。
ゆくゆくは大人気の店になるだろうと二人は思いながらその日はキャッツの飯を堪能するのであった。




