43話 死と不死
本来であれば金色の瞳を真っ赤に染めたオリベルの瞳がグラゼルの方を向く。それをグラゼルはディーネを構えながら見つめている。
その刹那、オリベルの体がグラゼルの視界から消える。
「何て速さだ!」
いつの間にかグラゼルの死角で鎌を振るっていたオリベルの攻撃を間一髪のところでグラゼルが剣を合わせる。
激しい金属音の後、その衝撃で周囲に凄まじい破壊の波が地下室内部を抉っていく。
「銀の雨!」
鎌の攻撃を止めたところですかさずグラゼルの銀属性魔法がオリベルを襲う。
しかし、その攻撃はオリベルには当たらない。いつの間にか回避していたオリベルは続けざまにグラゼルの脇腹を狙って鎌を振るう。
「封印されている状態でこんなに強いのか。まったく、これだから神って奴は厄介なんだよ」
『あら? 私みたいな理知的な神も居るわよ?』
オリベルの攻撃を捌いていく。妖精女王の時ほどの余裕はグラゼルにはない。ディーネへ返答するよりも不死神の鎌を捌ききるのに集中している。
「ディーネ」
『仕方ないわね。分かったわよ』
グラゼルの全身を光り輝く鎧が纏われていく。神VS神の戦いが地下室という戦うには狭い部屋の中で繰り広げられようとしていた。
「オリベル君! 持っていかれてはダメだ! 目を覚ませ!」
グラゼルの声がオリベルの耳に届くことはない。真っ赤に光る瞳がグラゼルを射抜くように睨みつけ、超常なる力でグラゼルへとその猛威を振るう。
「くそ、駄目っぽいな」
『あれはもう駄目ね。じきに人格をなくしてただの暴れる人形になるわ』
「そうだね。リュウゼンには申し訳ないけど」
不死神の魔力で満たされていた部屋に新たな勢力が部屋を埋め始める。グラゼルが完全にすべての力を解放したのだ。
「本気で行かせてもらうよ」
♢
『ここは……どこだ』
全ての光が遮断された真っ暗闇の中でオリベルは意識を取り戻す。
『僕は確か不死神の鎌に手を触れて……』
そこからの記憶が何もない。どうやって考えてもこの暗闇の中へと至った記憶を取り戻せないでいた。
『そうか。僕は飲み込まれたのか』
自身が置かれている状況を理解したオリベルは置かれている状況とは裏腹にやけに冷静に事を判断していた。
それはステラを救うと決めたあの日から五年間、自身の特殊な力とただ一人で戦って得た賜物である。
ゆっくりと目を閉ざし、体内で暴れる悍ましい魔力の存在を感知する。それはオリベルの魔力を飲み込み、完全に体を乗っ取っている。
『……見つけた』
体内で暴れる不死神の魔力。その中央に何か黒い物体が佇んでいるのが見える。
目を開いたオリベルはそのまま暴れる不死神の魔力へと乗り込む。全身を焼き尽くすかのような痛みが迸っていく。歯を食いしばりながらその魔力の渦を突き進んでいく。
少し経過した頃合いだろうか。オリベルはようやく不死神の魔力の中心で佇んでいる何かの傍まで近寄ることに成功する。
『俺よりも濃密な死の魔力……貴様は一体何者だ?』
中心に佇んでいた何かに近づいた瞬間、オリベルの脳内に低く悍ましい声が響き渡る。
『僕はオリベル。ただの人間だよ』
『人間? 嘘をつけ。人間如きがこのような死の魔力を有せる筈が無いだろう』
『嘘じゃない。お前の言う死の魔力っていうのが何かは分からないけど』
目の前の佇んでいる何かは一切動くことはない。だが、声の主がそれであることは本能的にオリベルは理解していた。
『不死神、悪いけどお前の力、僕の物にさせてもらう』
白く均質なオーラを纏ったオリベルはそのまま拳を目の前で佇んでいる黒い物体へと叩きこむ。
しかし、その拳は空を穿ち、気が付けばその黒い物体は違う場所へと移動していた。
『少し珍しい魔力を持ってるからといって貴様みたいな未熟者が俺様の力を手に入れられるわけがねえだろ。それに俺の名は不死神じゃない。アーゼルだ』
『そんなことはやってみないと分からないよ、アーゼル』
オリベルは再度、魔力を発している黒い物体に近づくと、その拳を振るう。今度はちゃんとオリベルの拳はその黒い物体へと当たる。
衝撃波を伴いながら衝突する拳はしかし、その黒い物体に傷を与えることすらできなかった。
『どうだ? やってみて分かっただろう?』
『まだまだ!』
何度も拳を打ち付けるオリベル。しかしその黒い物体はビクともせずにその場に佇んでいる。
『何度やっても無駄だ。所詮は身体強化魔法の域を超えぬ貴様の力で俺の体を傷つけられる筈がない』
『無駄じゃない!』
幾度となく拳を打ち付けるオリベル。徐々に魔力障壁を貫通してきているのかその拳が徐々に黒く浸食されていっているのが分かる。
拳を侵食するこの黒いオーラがオリベルを飲み込んだ時、意識が完全に不死神に飲み込まれるという事だ。
ここが瀬戸際である。
『こんなところで終わってたまるか!』
そう叫んだ瞬間、体の半分が黒い魔力で浸食されているオリベルの拳に纏われていた白い魔力が一気に増幅する。
『な、何だこの魔力量は』
突如として膨れ上がったオリベルの魔力量にアーゼルは驚愕する。それも身に纏っている魔力の質が今までとは異なっていた。
オリベルの拳が黒い物体へと迫る。その瞬間、不死の神であるはずのアーゼルの脳内に鮮烈な死のイメージが浮かび上がる。
『まさか、そんなことが』
『はああああっ!!』
パリンっという軽やかな音とともに黒い物体が砕け散る。そうしてオリベルの視界を覆っていた真っ黒な闇が崩れていき、代わりに真っ白な世界が露となる。
『……最後のあの力は何だったんだ』
真っ白な世界に一人取り残されたオリベルはそう呟く。そうして現実世界の自身の意識が間もなく覚醒することを感じ取ると、そのままゆっくりと目を閉じるのであった。
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