42話 不死神の魔力
「今から不死神の武器を見にいく」
「ははっ!」
城の中でも特に厳重な警備が保たれている扉の前に立っている兵士へ国王がそう告げると、それに応えて兵士がその扉の鍵を開ける。
扉を開けるとそこから先はここまでの城の中とは様相が違い、飾り気のない金属の床が張り巡らされていた。
「ご苦労さん」
「お気を付けて」
そうしてオリベル達はその扉の先へと足を踏み入れる。少し歩いていったところに下へ降りる階段がある。その先が不死神の武器が保管されている場所である。
国王に従い、オリベルも階段を下っていく。螺旋状に続く長い階段を十分ほど下ったところだろうか。
階段に黒い染みのような物が侵食してきているのが見えはじめる。それにどこか肌寒い。
「不死神の魔力がここまで来ていたか。グラゼル、頼む」
「承知しました」
銀色の半透明なオーラが三人を包み込む。魔力障壁を張ることのできない国王は漏れ出す不死神の魔力だけで体調を崩してしまうため、グラゼルが魔力障壁を張ったのだ。
抑えきれない膨大な魔力という物はそれほどに影響力があった。それゆえにウォーロット王国は適合者を早くに見つける必要があったのだ。
それからしばらく不死神の魔力による汚染が進んだ階段を下りていくと、ようやく長い階段の終わりが見えてくる。そしてその先にもまた厳重に封じられている扉があった。
「魔力障壁で封じられているんだ。解除するから少し待っててね」
そう言ってグラゼルが扉へと手を伸ばす。この魔力障壁の解除方法は王国でも神殺しと国王にしか伝えられていない。
魔力量的に開くことのできる者は必然的に神殺しに絞られてくるからである。
グラゼルが手を伸ばして少しして中から音が聞こえると同時に扉が開く。
扉の先にはかなり広い部屋があり、その中央で謎の液体が充満した透明なケースの中に黒い鎌が浮かんでいた。
それを見た瞬間、三人を凄まじい寒気が襲う。
「あれが不死神の武器だよ。いつ見てもおっかないね」
「ああ。相変わらず殺気が溢れ出しておるな」
見るだけで万人を竦み上がらせる神の武器。この中には正真正銘の神が存在しており、常に濃度の高い殺気を放ち続けている。
「陛下は外でお待ちください。一応、僕の銀魔法で防御しておきますが、命の保証は出来兼ねますので」
「分かった」
そうして国王を外へ残し、オリベルとグラゼルだけで部屋の中へと入る。
部屋の中は今までよりも更に強力な魔力が張り巡らされており、魔力障壁を使いこなせるようになったオリベルですら少し呼吸が苦しくなる。
中央にある透明な円柱状のケースの近くにある装置へと歩み寄り、グラゼルが何らかの操作をする。
すると、透明なケースの中に充満していた液体がホースの中へと吸われていき、その後に透明なケースが外され、黒い鎌が露となる。
それにより、更に部屋に充満する魔力濃度が劇的に高くなる。透明なケースを充満していたあの液体は魔力を遮断するための特殊な液体だったのだ。
それが取り払われた今、不死神の魔力を直で味わう事となる。
「これが不死神の魔力ですか」
「うん、そうだよ。流石に怖気づいたかい?」
「はい、少し」
妖精女王とは格が違う。人間ではどうすることも出来ない程の力だ。それこそ人類最強であった英雄ですら命を賭してでも封印にまでしか至らなかった存在。
その強力さを間近で見たオリベルにはどう考えても自分が操れるようになる未来が見当たらなかった。
「これでも封印されてるはずなんだけどね」
「本当はこれよりも更に強いという事ですか?」
「うん。多分、百倍くらい違うだろうね」
そんなことを軽く言うなと突っ込みたくなるオリベル。しかし、ここまで来たのならば引き返すわけにはいかない。
人間の保有している神の武器は現状これしかない。
そして死期を変えることのできる条件が神の力なのであればステラを救えるかもしれない道はこれを完全に制御できるようになるしかないのだ。
「これを見ても挑戦する気はあるかい? 今ならまだ引き返せるよ」
「大丈夫です」
死期を見る能力。それにより長きに渡って苦しめられてきた。死ぬときは分かっているのに救いの手を差し伸べることが出来ない。
そんな苦悩がこの武器を手にすることで解消できるかもしれないのだ。
正直な気持ちを言えばオリベルは不死神の力を前にして恐怖している。怯えながらもなんとか意志を保ってその場に立っている。
それを打ち消すほどの希望がそこにあるからである。
「分かった。それじゃあいくつか先輩なりに注意点を言っておくよ。まず一番大事なのは意識を強く保つことだね。完全に封印されているから不死神の自我はないはずだけど、魔力だけで乗っ取られる可能性があるからね」
グラゼルはさらにこう続ける。
「そして次に大事なことは魔力制御を忘れないことだ。あの鎌を手にすれば一気に体の中に膨大な魔力が流れ込んでくるはずだ。魔力制御が出来ていないと一気に流れてくる魔力量に耐えられなくなって身体が破裂しちゃうかも」
「分かりました」
グラゼルの注意に更にオリベルは気を引き締めることとなる。適合できなかった者が廃人になる理由がその注意だけでよく分かる。
「それじゃあ自分のタイミングで良いからその鎌に触れてみてくれ。大丈夫、多少ミスっても注意点さえ守ってくれたら僕が何とかするから」
「はい」
グラゼルはそう言うと不死神の鎌の前から少し離れる。一人、鎌の前に立つこととなったオリベルはしっかりとその黒い鎌を見つめる。
漆黒の鎌、その銀色の刃には美しい装飾が為されている。もしも神の武器でなければこんな地下室に閉じ込められることなく王室にでも飾られていただろう。
不気味な光を放つ鎌。その質感は誰も知り得ない素材により引き出されている。
「よし、いくぞ」
少し眺めた後、オリベルは意を決してその鎌へと手を伸ばす。
そうしてオリベルが不死神の鎌へと触れた瞬間、不死神の鎌から放たれた黒いオーラがオリベルの体を飲み尽くす。
「何だこの力」
この世のすべてを呪うような、憎悪に満ちた力が一気にオリベルの体を満たしていく。それが壮絶な痛みとなってオリベルの全身を襲う。
「ぐっ、僕は、ステラを、助けるんだ!」
耐えがたい苦痛を前にしてオリベルは必死で自我を保とうとする。オリベルの視界が真っ黒な魔力に支配される。それ以外には何も映らない。
必死で抗い続ける。それでもなお、オリベルの身体を蝕む魔力の勢いは収まらない。
少しして漆黒の魔力がすべてオリベルの体へと吸収される。グラゼルの視界に映るオリベルは黒い鎌を握りしめ、天井を見上げたままその場から動かない。
「オリベル君、大丈夫かい?」
グラゼルがそう話しかけるも、返事はない。その代わりに真っ赤に充血した瞳がグラゼルの方へ向く。その顔にあったは全くの無であった。
刹那、オリベルの体から爆発的に真っ白な魔力が噴き出してくる。オリベルと同じ色の魔力、しかしその魔力濃度は確実に不死神の物であった。
「不味いね、乗っ取られたか。ディーネ!」
『まったく、これだからあいつは嫌なのよね』
そんなオリベルを見たグラゼルは咄嗟に反応して斬りかかる。それを不死神の魔力に乗っ取られたオリベルは手を振るうだけで触れることなくグラゼルの体ごと吹き飛ばす。
「……完全に封印されてるはずなのにこの威力か。こりゃあ、てこずりそうだ」
吹き飛ばされたグラゼルは受け身を取って態勢を立て直すと、オリベルの方を睨みつけ、そうぼやくのであった。




