40話 招集
妖精女王との戦闘を終え、数日経過したある朝、早くも第十部隊訓練場で一人、考え事をしながら訓練用の剣で素振りをしている者が居た。オリベルである。
考え事の内容はなぜオルカの死期を回避できたのかという事についてである。
本来であればどう頑張っても抗う事の出来ない神が定めた運命をどういう訳か回避することが出来たのだ。
オルカが無事であったことに安堵するとともにステラを死期という運命から解放する手掛かりがあると希望を見出せる出来事であった。
しかし……。
「僕がこんなんじゃまだ駄目だな」
素振りをやめて近くの椅子で休憩する。騎士団に入ってからというもの、オリベルは自身の力の足りなさを実感していた。
それは一騎士としての力だけで言うならば申し分ないのだろうが、英雄であるステラを助けるという目的を掲げているオリベルからすればまだまだ足りないのだ。
「魔力障壁も上手く使えるようになったみたいですね」
そんなオリベルの下に声を掛けてくる人物が居る。オルカであった。
「お陰様でね」
オリベルは妖精女王との戦いから復帰した直後、オルカに頼み込んで魔力操作の極意を学ばせてもらっていた。
それにより、魔力障壁はなんとか一定水準以上の強度で保てるようになっていた。
「一勝負します?」
「うん、もちろん!」
仲間でありライバルでもあるオルカとの戦いは互いの成長に最も効果的であった。
オリベルはオルカから魔力操作の緻密さを学び、オルカはオリベルから身体強化魔法の力強さを学ぶ。
「次は負けない」
――――――
――――
――
「今のは危なかったですね。負けそうでした」
勝負の結果横たわっていたのはオリベルの方であった。どうしても身体強化魔法だけでは乗り越えられない大きな壁がそこにはあった。
「また負けたか」
オリベルはいつまで経っても勝負に勝てず悔しそうな顔を浮かべる。確かに属性魔法は大きな差だ。
しかし、属性魔法だけで話が収まるものではないことをオリベルは理解していた。
だからこその悔しさ。それと同時に自分とあまり変わらない年齢のオルカがここまで強いことを称賛する気持ちもあった。
「あなたはどうしてそこまで強くなりたいのですか?」
横たわるオリベルの隣に座ると、オルカはそう尋ねる。オルカ自身は親から強くなれと言われているから漠然と強くなろうとしていた。
ただディアーノ家の先祖が歩いた道を辿っているだけ。そこには自分の意志なんて存在しない。
自分がそんな理由だからこそ、それとは違うオリベルの理由に興味があったのだ。
「前にも言っただろ? ステラを助けたいからさ」
「そういえばそうでしたね」
再度、オリベルの意思を確認するとオルカは自身の道のりを見直す。今までは兄と同じように過ごしてきただけ。
初めてその道から外れた時、自分という存在をいつも以上に感じることが出来た。
そしてディアーノ家の操り人形ではない自分の道がどこへ繋がっているのかを考えるのが楽しくも思えた。
そんな時、二人しかいなかった演習場に荒々しい足取りでリュウゼンが歩いてきた。
その隣にはニコニコと笑みを浮かべているグラゼルの姿があった。
「オリベル。国王陛下がお呼びだ」
「え、僕がですか?」
どこか苛ついているリュウゼンの言葉にオリベルは驚きの声を上げる。国王が招集をかけるのは基本的に団長もしくは神殺しだけだ。
一団員であるオリベルに声がかかるとすれば余程、重要な事であることが予想できた。
「嫌なら嫌って言えば良いんだからな」
「え? はい」
すれ違いざまにオリベルにそう言ってくるリュウゼン。その言葉でより一層今から何が起こるのかとオリベルは不安になってくる。
「じゃあ行こうか。オリベル君」
「はい」
オリベルはグラゼルに連れられて演習場の中から出ていく。その後ろ姿を見つめていたオルカが不思議そうに首を傾げながらリュウゼンに問いかける。
「陛下がオリベルに何の用があるのでしょう?」
「不死神の武器があんだろ? あれにオリベルが適合するんじゃねえかってグラゼルの馬鹿野郎が言いやがったんだ。それでその気になった陛下がオリベルと会いたいってことだ」
「神の武器ですか」
リュウゼンの言葉を聞き、オリベルの後姿を不安そうに眺めるオルカ。神の武器をわが手にしようと挑戦した者の中には廃人にまで追い詰められた者もいると聞く。
ましてや最も力の強い不死神の武器などどれほど危険なものか、オルカはしっかりと理解していたのだ。
「てかお前も他人の心配してる場合じゃねえけどな」
そう言うとリュウゼンはトンとオルカの肩に手を乗せる。
「軍務大臣、お前の父親が呼んでる」
「父上が……分かりました」
何で呼び出しを食らったのか、それはオルカには容易に想像がついた。騎士団に入ってからここまでかなりディアーノ家の教えに背いてきたことを自覚していたのである。
「そうだな。今日の晩までには帰って来いよ。全員に伝えたいことがあっからな」
「了解です」
リュウゼンの言葉にそう返すとオルカもまた演習場を後にするのであった。