39話 絶望からの生還
妖精蝶の調査任務から数日が経過し、ウォーロット王国の城の一室では第十部隊と第三部隊の隊長を除いた全隊長と国王、神殺し、そして軍務大臣が一堂に会して議論を開始するところであった。
議題はもちろん、妖精蝶の中に神に近しい存在が生まれたことについてである。いよいよ神の出現が現実味を帯びてきたことに対して緊急的に集められたのであった。
「今日は軍務大臣のウェルネスにも来てもらっている。もしかすれば軍を動かすことにもなるかもしれぬからな」
「よろしくお願いいたします」
ウォーロットの兵力には二種類ある。最も有名なのはウォーロットの騎士団であるが、これは国王に直属の部隊である。そしてその他にも一般兵士たちで構成されている軍という物が存在する。
そのトップが先程、国王が紹介した軍務大臣ウェルネス・ディアーノであった。その家名の通り、セキやオルカの父親である。
「この場には英雄ステラ、ソフィリア、ゼラスの神殺し三人は居ないが、後で伝えてもらえるか? グラゼル」
「了解です」
国王の指示にニコニコと笑みを浮かべながら軽めに返事をするグラゼル。本来であれば不敬だとして叱責を食らう場面ではあるが、そんな言葉はこの会議では聞こえてこない。
皆はグラゼルがそういう男であることを認識しているからである。それと同時にもし機嫌を損ねられでもしたら二度と会議の場に現れないかもしれないという恐怖もある。
グラゼルはそう言う男なのだ。
「話を戻そう。今回は紛れもなく王国の危機であったと言っても過言ではない。もしグラゼルが居なければ王都は壊滅的な被害に遭っていたことであろう」
国王の言葉に皆が首を縦に振る。グラゼルが呆気なく倒しただけで今回出現した妖精女王はかなり強力な魔獣であった。それこそ危険度SSかそれ以上の強さはあったであろう。
現に妖精女王が一度放った攻撃だけで隊長二名が戦闘不能にまで陥っているのだ。どう考えても人の手には余る魔獣であった。
「倒せるのはグラゼルかステラ様だけでしょうし。運が良かったですね」
そう発言するのは神殺しナンバー4の男、ネルア・ゼファルスである。
「僕でもこのディーネがなければ倒せなかっただろうけどね」
「ふむ、神の武器か……それほどの力を持つのであれば、あれの所有者も早急に決めたいところなのだが」
国王の言うあれとは適合者が一人も現れずに城の地下に眠っている不死神の鎌の事である。ならば騎士全員に試させればいいと思うかもしれないが、実はそれが出来ない理由がある。
不死神の鎌は適合しなければその者の生命力を奪い、最悪の場合は死へと至らせる危険性があるのだ。そのため、国王も騎士団内部から応募を募る形にしていた。
「かつて最強と呼び声の高かった英雄様が自らの命を賭して鎌の中へと封印したあの化け物ですね。ですがあれはグラゼルの持っている刀とは比べ物にならないくらい危険です。グラゼルの刀には美神の力が宿っているだけなのに対してあの鎌には正真正銘、不死神の本体が宿っているのですから」
美神はステラによって体を滅ぼされ、魔力と自我だけがその刀に宿っているのだ。しかし、不死神はすべてを鎌に封印されているため、もはや神の力そのものなのだ。
それがゆえに不死神の鎌は別格に危険であった。
「うむ。であろうな」
不死神の鎌を使える者は存在しない。皆がそう頷いた時、ただ一人だけ首を横に振る人物が居た。
「心当たりはあるよ。まだ未熟だけどね」
そんな言葉に部屋全体の視線がそれを発した当人のもとへ集中する。グラゼルであった。
「グラゼル。それは本当か?」
「本当ですとも。ただ、まだ僕みたいに使えるとは思いませんけど。それに彼が所属している隊長が許してくれるかどうか。あの神は幾度となく我が同胞を戦う事の出来ない体にしましたからね」
今回の話はグラゼルの時とはわけが違う。乗りこなせるかもわからないそんな危険な事を部下にさせようとする者などほとんど居ないだろう。
「……あの武器を触るという事はそういうことであろうな。してグラゼル。その者の名を教えてくれないか?」
「はい。その子の名は……」
♢
「オリベル」
聞き覚えのある声でオリベルは目を覚まし、体を起こす。また医務室の中にいるらしい。そしてその声のする方へと顔を向ける。
「オルカ」
そこには所々包帯を巻き、同じようにベッドの上で座っているオルカが居た。あの死のカウントダウンから生還したのだ。オリベルは安堵する。
「え、ちょっと。何で泣いているのですか」
「え?」
オリベルも知らない間に涙を流していたらしい。オルカに言われて頬を伝う雫の感覚に気が付く。
死期という絶望に打ち勝てた安心感、そしてオルカが生き残っているという嬉しさのあまりに涙を流してしまっていたのだ。
「また性懲りもなく私の変な夢でも見たのですか?」
「いやいやいや、そんなことはないよ! これは」
オリベルはそう言うと、涙が零れないように顔を上に向ける。
「生きてて良かった、そんな涙だよ」
それは普通の人が聞けば、自分と仲間が死地から生還したことに対しての安堵の言葉であると思うであろう。だが、オリベルは違う。
オリベルからすればオルカの死は既に決まっている運命であった。そんな絶望的な運命が何の因果か崩れ去り、目の前に生きているオルカという結果を残してくれている。
まさに神が起こした奇跡のような出来事なのである。
「……そうですね」
オルカもオリベルと同じく窓の外を眺める。窓の外ではそんな二人を祝福するかのように美しい蝶がひらひらと舞っていた。
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