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38話 美しい神

 動けなくなったオリベルの体をオルカの隣に寄りかからせる。

 それからちょっと待っててと言ってグラゼルはその場から離れ再度、腰に提げていた剣を引き抜く。


「あれはちょっとヤバいね。危険度SSって次元じゃあない。どちらかと言えば神に近い存在かもしれない」

『あら? 魔獣にしては美しいじゃない』

「君も元魔獣だろ?」

『私は元神よ。魔獣と一緒にしないでくれる?』


 グラゼルが語り掛けている相手は手に持っている美しい紋様が入った片刃の武器、刀である。

 二年前、英雄ステラによって打倒された『神』の一柱である『美神』が持っていた武器である。

 グラゼルは人類で初めて神の武器に認められた存在であったのだ。


「ディーネからしても強そうかい?」

『もう少しで神に届きそうなところかしら? 強いて言えば亜神ってところ?』

「そうだね」


 ディーネというのは美神の名前である。そのディーネが言うには危険度では推し量れない存在ではあるが、神には届かない強さということで亜神とのこと。

 グラゼルもそれに対して同意を示す。グラゼルの間隔からしても嘗て英雄ステラと共に対峙した美神ほどの絶望感はないものの常軌を逸したレベルではある。

 ディーネを手にしていなければ確実に勝てなかった相手であろう。


「ディーネ、力を貸してくれるかい?」

『もちろん良いわよ。あなたの力の方が美しいもの』


 グラゼルの体を銀色の煌びやかな鎧が纏っていく。これが美神の力を100%解放したグラゼルの戦闘スタイルであった。

 背後には三対の光る翼のような物が浮遊している。その姿はまさに生きていた時代の美神そのものであった。


「それじゃあ行くよ!」


 凄まじい速度で妖精女王の下へと飛翔する。その手元には銀色に輝くディーネの剣が握られている。


「銀の雨」


 妖精女王に向かってグラゼルが手をかざすと、その先から銀色の槍のような物が無数に生み出されて発射される。グラゼルの属性魔法は銀属性魔法。

 頑強な固体にもなり、流動的な液体にもなる不思議な魔力を帯びた銀。その属性の使い手は世界にただ一人、グラゼルしか存在しないほどに希少であった。


 縦横無尽に飛び回り、妖精女王を翻弄するグラゼル。その姿を掠れた視界ではあるもののしっかりと目に焼き付けるオリベル。


「あれが神殺しの力……僕なんかじゃまだまだ届かないな」


 流動的に動く銀は妖精女王が風を使って吹き飛ばそうとするも寸前で硬質化して、刃となって突き刺す。

 それすらも砕き、その先に居るグラゼルへと手を伸ばす妖精女王。

 だが、グラゼルが放った美剣の斬撃にその腕を斬り裂かれる。

 オリベルが身体強化を極限までかけた状態の渾身の一撃をいとも容易く弾き返してみせた妖精女王の体も簡単に傷をつける。


「格が違うな」


 横で座っているオルカの顔を見るオリベル。その顔に浮かんでいる死期は最初に出会った時と同じである。

 その事にホッとすると同時に全身の痛みがオリベルを襲い、フッと意識が遠のく。


「情けないな、これで二回目だよ」


 オルカにもたれかかる様にしてオリベルは意識を失う。

 その二人を守る様にしてグラゼルの銀が包み込む。


『あの子の事、よっぽど気に入ってるのね』

「まあね。後輩だし」

『ふーん、まあ私はあいつと似た様な魔力を感じて嫌だけど』

「同族嫌悪かい?」

『あら、あなたもしっかりと気付いているのね』


 妖精女王を相手にしながらグラゼルとディーネは会話する。その余裕のある様は余計に妖精女王の怒りを買う。


 尋常ならざる風の渦が妖精女王とグラゼルごと包み込んでいく。それはまるで一種の天災のように広範に渡って大地を削り取り、元あった光り輝く森全体を覆えるほどに巨大である。

 人間であればだれも天災に逆らおうとはしないだろう。それと同じく、これほどの力を持つ妖精女王の事をこの場に居る誰も相手にするはずがないのだ。


 ただ一人を除いて。


「危ないな」


 竜巻のど真ん中で銀色の球体が浮かんでいる。その中にはグラゼルの姿があった。この天災とも言うべき攻撃のど真ん中に居ても無傷でその場に浮かんでいたのだ。


「相手が神ならこっちも神で挑もうか」


 自身を包み込む銀色の球体の中で、光り輝く美神ディーネの刀を構える。まどろっこしいことは無い、単純なる銀色に光り輝く魔力が膨れ上がっていく。

 その力はまさに神の魔力。神になりかけた妖精女王ですらその魔力に一瞬の畏怖を覚える。


 だが、すぐに妖精女王の顔から畏怖が消え、途轍もない密度を誇った風の矛が銀色の球体に向かって打ち出される。

 風の矛が銀色の球体に触れた瞬間、パリンと弾け飛び、グラゼルの姿が露になる。それでもまだグラゼルは美神ディーネの刀を構えたままその状態から一歩も動かない。


 風の矛が迫る。そしてその先がまさにグラゼルの首元へと届きかけたその瞬間、グラゼルの構えていた刀が一気に振り抜かれる。


刀花繚乱(とうかりょうらん)


 放たれた極大の斬撃は風の矛を貫き、そのまま美しく数多の斬撃に分かたれる。分かたれた斬撃は各々で魔力を吸収して膨れ上がり、やがて竜巻のいたる場所に斬撃が張り巡らされる。

 その斬撃が四方八方から妖精女王へと襲い掛かっていく。一撃、また一撃と次々と切り裂いていく斬撃は妖精女王の魔力障壁を破壊し、その美しい体を更に八つ裂きにしていく。


 そこで初めて妖精女王がうめき声をあげ、地面へと墜落していく。


 その途中で妖精女王の目の前へグラゼルが現れる。


「これでお終いだ」


 一閃。それは確実に妖精女王の息の根を止める。


 そうして地面へと墜落し、ピクリとも動かなくなった妖精女王の姿を見てグラゼルはディーネとの()()を解き、地面へと降り立つ。


「さてと、リュウゼン達は他の人に任せて僕はこの二人を王都へ連れ帰ろうかな」


 そうしてグラゼルはオリベルとオルカを担ぐと、王都への長い道のりを歩いていくのであった。



 ♢



「まさかあれがやられるとはな」


 グラゼルが妖精女王を打ち倒しているのを確認するとその翼を生やした男はそう呟く。


「あれも主が撒いた神の種だったのですね」

「うむ。木を隠すなら森の中だと思っていたのだが……どうにも神を作り出すまでは待ってくれなかったようだ」

「そう仰るという事はあの魔獣は我らと同じ神の域まで達する一歩手前だったのでしょうか?」

「ああ。まあ、壊れてしまったものは仕方がない。出直そう」


 そう言うと主と呼ばれた男はくるりと踵を返して妖精蝶が居た方向とは真逆に歩きはじめる。その後ろ姿を男の事を主と仰ぐ女が疑問を覚える。


「主よ。あなたが動けば人間界など容易く葬れるのではないでしょうか?」

「それは分からん。相手にはあの美神を葬った奴が居るであろう? 私でもやられるかもしれぬ」

「今日はいつになく弱気でございますね」

「弱気……か。まあそうだな」


 男は恐れていた。美神を葬ったと言われる英雄ステラの事を。そして同時にもう一つ恐れていたことがあった。何かはハッキリとは分からない。ただ、嫌な予感がして彼は神を増やすことに決めたのである。


「私にはまだ力が足りぬのだ。世界を支配する力が」


 そう言うと翼の生えた男と女はその場から消え去るのであった。

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