36話 七色の巨大樹
リュウゼンたちが光り輝く木の中から現れた妖精蝶たちに取り囲まれている中で、オリベル達もまた七色に光り輝く巨木の中から生れ出た妖精蝶の進化個体達と相交えていた。
時折、妖精蝶たちの間に背丈の大きい進化個体が居る。リュウゼンたちの前に現れた個体と同じ、二段階進化を果たした妖精蝶であった。
「あなた達、そっちの半分任せても良い?」
「大丈夫です」
「では任せるわ」
オリベルとオルカで左半分、イルザとセレナが右半分を受け持つこととなる。オリベルとオルカは言葉を交わすことなく、攻撃を仕掛ける。
やはり木々の間を飛び上がりながら妖精蝶たちを斬り落としていくオリベル。そしてオルカは爆発魔法を駆使しながら近くに居る妖精蝶に対しては腰に提げているレイピアを突き出す。
しかし、先程までの一段階の進化個体とは勝手が異なる。
オリベルが勢いに乗せて剣を走らせるも、二段階進化を遂げた妖精蝶が纏う風の鎧がいとも簡単に剣を弾く。
「しまった」
空中で身動きの取れなくなったオリベルの体の左側から妖精蝶が生み出した横向きに激しく吹き荒れる竜巻が襲う。
竜巻がオリベルに当たる寸前。横からオルカが飛び出してきてオリベルの体をずらし、その勢いのまま爆発魔法をその妖精蝶へと当てる。
「助かった」
「……まだです」
それからオルカは落下しながら襲い来る周囲の妖精蝶たちに向けて爆発魔法を放つ。次々と連鎖的に爆発するその光景はしかして妖精蝶たちを消し飛ばせないままでいた。
オルカはそのまま地面へと着地すると同じく着地したオリベルに向かってこう話す。
「どうやら身に纏っている風の鎧のような物がかなり強固なようで私の爆発魔法では倒しきれないみたいです。それに少しの間ですぐに風の鎧を回復させてしまうみたいです」
オリベルが見るとオルカの爆発魔法で剥がされたはずの妖精蝶たちは周囲に纏っていた風の鎧が既に回復しきり、こちらを睥睨していた。
オルカの爆発魔法でも貫通してダメージは入るのだろうが、それでは微々たるものの積み重ねになってしまい、この数を捌ききるのは不可能だろう。
そしてオリベルの攻撃は風の鎧で弾かれてしまう。
「こんなに早く回復するのかあれ。厄介だな」
「はい。なので私が爆発魔法で鎧を破壊した個体からオリベルが倒していってほしいのです」
「なるほどね。了解」
オルカの言いたいことはこうだ。まずはオルカが爆発魔法で妖精蝶が身に纏う風の鎧を消し飛ばす。そしてその風の鎧を回復される前にオリベルが斬り、倒すのだ。
鎧を破壊して回復するまではおよそ2秒程度しかない。爆発魔法でオルカが削り、自身でレイピアを突き刺しにいく時間は無い。
「じゃあ行ってくる」
オルカにそう告げるとオリベルは一目散に近くの樹木へと走っていき、蹴り上げて上方へと駆けあがっていく。
「エクスプロード!」
頃合いだと判断したオルカがオリベルの近くに居た一体の妖精蝶が身に纏う風の鎧が剥がれる。そしてそのあとすぐにその妖精蝶へとオリベルが迫っていた。
その勢いのままオリベルは剣を走らせる。すると先程、風の鎧で弾かれた剣先はすんなりと妖精蝶の体へと食い込み、絶命させることに成功する。
「よし! うまくいった!」
オリベルは歓喜しながら木へと飛び移り、次の獲物を見定める。オルカが爆発魔法を打つ瞬間、どこを向いているか、どの妖精蝶に当てるつもりなのか。
本来であれば素早く移動している中でそれを見極めるのが困難であるというのにオリベルはそれを一発で成功させた。これはオリベルの『先読みの力』が可能にさせたのだ。
オルカが爆発魔法を放つ寸前、オリベルの目にはゆっくりとした動作でどちらへ向けて放つのかを見極めることができる。
そしてそちらに向かってオリベルは余裕をもって木を蹴って飛び出す。
うまく爆発魔法に巻き込まれない間合いを保って飛び出したオリベルは見事に妖精蝶が爆破されて風の鎧を失ったほんの数瞬で到達し、見事にその体を切り裂く。
「相変わらず凄いですね。その力」
それを見守っていたオルカもオリベルの常人では真似のできない連携力に感嘆してそう呟く。自身が放った爆発魔法の後に寸分狂わず最初から合わせてきたのだ。
それがどれだけ難しいことか、オルカはよく理解していた。
次から次へと爆発魔法を放つ。その度に寸分狂わずオリベルがタイミングを合わせながら撃墜していく。それが幾度重なったことであろうか。
周囲に居た妖精蝶たちはいつの間にか二人の活躍によってすべて斬り落とされていた。
「手強かったけど何とかなったな」
着地しながらオリベルが言う。
「あなたの力が無ければこんなに簡単に倒すのは無理でしょうけどね」
「別に僕はオルカが爆破した奴を斬っていっただけだから何も特別なことはしていないよ」
「あなたは自分の事を過小評価しすぎです」
「そうかな?」
「はい」
常人であれば周囲から打ち出される風の刃を掻い潜りながらかつオルカと呼吸を合わせて妖精蝶を斬ることなど不可能であろう。オリベルだからこそできた芸当だ。
それを特別なことはしていないと宣うオリベルが少し異常なだけであった。
「早かったわね」
そう二人に話しかけてくるのは第三部隊隊長のイルザである。その後ろにはセレナの姿もある。イルザ達も先程、妖精蝶たちを倒し終えたのであった。
「横から見ていたわよ。あなた達、連携が凄いわね。第十部隊にはもったいないわ」
「ありがとうございます」
イルザの褒める言葉に二人とも感謝を述べる。その中、後ろで真面目な顔をしてセレナが声を発する。
「イルザ隊長。本当にもったいないと思います。新人であのレベルの魔獣をあの数仕留めきれるなんて思っていませんでした」
本来であれば足止めをしてもらっている間に半分を片付けてもう半分は四人で共闘するつもりであったのだ。
しかし、その思惑は見事に覆されて半分倒しきるどころかイルザとセレナの二人よりも早くに倒し終えたのだ。
まさに恐るべき大型新人である。
その中でもセレナが特に注目したのはオルカの攻撃に合わせて剣を振るっていたオリベルの姿である。
属性魔法を一切使わずにあれほどの芸当が出来るかとセレナが問われれば速攻に首を横に振っていたことだろう。
「そうね。私もまさかだったわ。まあ何にせよ見方が強いのには越したことないわね」
「ですね」
「取り敢えず他の団員たちを待ちたいところだけれど」
そう言ってイルザが目の前でなおも輝く七色の巨大樹を見上げる。
心なしかどんどんと成長しているかのように見えるその木がこの任務において重要なものであるという事をイルザは理解していたのだ。
その時、七色の巨大樹からピシッと何かがひび割れたかのような音がする。
「何だ今の音?」
そのひび割れ音は徐々に大きくなっていき、やがて目の前の七色に光り輝く木に亀裂が入っているのだと理解する。
リュウゼンたちが遭遇した光り輝く木の中から妖精蝶たちが生まれてくる現象。それは木の背が高ければ高い程に強い個体が生まれるという物であった。
であれば天にも昇る程に巨大なこの七色の光を放つ巨大樹からどれほど強大な個体が生まれるのか、この時はまだオリベル達は知る由もなかったのである。