33話 妖精蝶の進化個体
目の前で無機質な表情をしながら宙に浮く妖精蝶の進化個体。まるで物語に出てくるような妖精の姿をしたそれの放つ魔力は他の妖精蝶を軽く凌駕するほどに膨大である。
部隊から引き離されその進化個体が率いる妖精蝶の群れにただ一人放り込まれたオリベルは父の形見を構えて周囲を警戒していた。
「厄介だな」
一角狼の時のように近距離戦に引き込めるのならまだ何とかなりようもあったものだが、魔力によって生み出す風の力で攻撃してくる妖精蝶たちはオリベルにとっては危険度Cでもそれ以上の難敵に感じてしまう。
周囲を警戒しながらオリベルは白く均質なオーラを纏っていく。
それを見た妖精蝶たちはすぐに相手が臨戦状態に入ったことを理解し、巨大な羽を一斉に仰ぎ、四方八方から竜巻が生み出される。
生み出された竜巻は光り輝く木々を切り倒しながらオリベルの下へと迫っていく。竜巻が今にも八つ裂きにせんとした刹那、オリベルの体がその場から消える。
「こっちだよ」
いつの間にか先頭に居る妖精蝶の真正面に移動していたオリベルはありったけの力で剣を振り抜き、妖精蝶の体を地面へと叩きつけ、絶命させる。
「くそ、地道な作業だな」
着地しながらオリベルはそう呟く。
ミネルのように魔法によって飛び続けることは出来ないし、他の隊員のように属性魔法で遠距離から攻撃することも出来ないオリベルは一回一回妖精蝶の下へ飛び上がって倒さなければならない。
「いや待てよ」
そこまで考えてオリベルは周囲の背の高い木々を見渡す。どれもかなり背が高いため、妖精蝶たちの高度まで余裕で届く。
「疲れるけどこうするしかないな」
オリベルは走り出す。それに追従して妖精蝶たちが風の刃を飛ばしてくる。次々に襲い来る風の刃を躱しながら、目の前の光り輝く木に向かってジャンプする。
足が木の幹に付いた瞬間に体を反転させ、木を蹴り、違う木の幹へと飛び移る。
そうしてすさまじい速さで木と木の間を飛び移りながら妖精蝶たちが飛んでいるところまで高度を上げていく。
オリベルの考えはこうである。空中に浮かぶことのできないのであれば木を蹴り上げることによってその高度を保とうというのである。
幸いにも光り輝く木々はわりと密に群生しており、妖精蝶の攻撃によって切り倒されても飛び移るのには問題ないくらいの間隔で生えていた。
「はあっ!」
木と木の間を飛び移るそのすれ違いざまに剣を振るい、妖精蝶を斬りつける。そうして風の刃をうまく躱しながら次々に妖精蝶たちを斬りつけていく。
妖精蝶は近距離戦だと一角狼よりも脆い。こうなればオリベルの独壇場である……普通ならば。
先読みの力を十全に発揮しながら順調に斬りつけていくオリベルの前方にスッと人影が差し込んでくる。妖精蝶の進化個体である。オリベルは構わず同じように剣を振るう。
勢いに任せて振るわれた剣はしかしてその進化個体にはあたらず、空を切る。次の瞬間、オリベルの体が真横に薙ぎ払われた。
進化個体によって生み出された濃密な魔力を孕む風の刃がオリベルの体を真横から攻撃したのである。
「くっ……」
進化個体によって地面へ足を付けるのを余儀なくされたオリベルは着地するとともに痛みで顔を歪める。常人であれば体を真っ二つにされるほどの威力を直で受けたのだ。
いくらオリベルの身体強化魔法であれど受けたダメージは計り知れない。宙に浮かぶ妖精蝶の進化個体の方を睨みつける。
「あいつだけ別格だな」
通常の個体は先程の攻撃でかなり数を減らせた。問題は進化個体である。
通常個体と一線を画するほどに強力で、それでいて知性もあるようで安易に地上へ近づこうともしないほど用心深い。
「でも進化個体はあいつしか見当たらないな。あまり数は居ないのか?」
一体相手なら何とかなる。そう思ったオリベルは再度、木を蹴り飛び上がっていく。先程は不意を打たれたために雑な攻撃で隙を生んでしまった。
注意深く狙いを進化個体へと絞っている今なら、勝てる。
進化個体が浮かんでいる場所と同じ高度へと来たオリベルは今まで以上に強い力で木の幹を蹴り、進化個体の方へと飛び込んでいく。
目では追いきれないほどの速さで攻め込まれた進化個体は避けられないことを悟ったのか、先程と同じく濃密な魔力が込められた風の刃を用意する。
オリベルが進化個体とすれ違うほんのわずかな時間、すべての時が止まっているかのようにオリベルは周囲の景色を具に観察する。
真正面から放たれる風の刃。そして周囲に飛び交う通常個体の妖精蝶たちによる追撃の予備動作。すべてが手に取るようにわかる。
力任せに剣を振るえば先程と同じ結果が生まれるだけ。そのことを理解しているオリベルは体を捻って風の刃の直撃を自身の体の下へと逸らす。
直撃を回避したとはいえ風の刃が有している凄まじい突風がオリベルを襲う。
更に上空へと体を吹き飛ばされたオリベルだが痛みに歯を食いしばりながら耐え忍び、視線は下方に居る進化個体に狙いを定めている。
「終わりだ!」
攻撃を放った直後はどんな強敵であろうと隙だらけである。振り下ろされたオリベルの剣は軽々と妖精蝶の進化個体の体を切り裂き、地面へと叩き落す。
凄まじい衝撃音を打ち鳴らしながら地面に激突した進化個体と共に着地すると、進化個体の生死を確認しホッと息を吐く。
激戦を制したのはオリベルであった。
「あとは通常種だけだな」
周囲に漂う僅かに残った通常個体の妖精蝶たち。そんな時、後ろから覚えのある声が聞こえてくる。
「オリベル」
「オルカか?」
オルカの姿と声ではある。しかし未だにそれを信じきるオリベルではない。
「これが証拠です」
現れた瞬間にオルカは爆発魔法を躊躇することなく妖精蝶たちに向けて放つ。
「あなたがオリベルなのはその身体強化魔法で分かります。あなた以外にそんなオーラを纏えるものは居ないので」
「助かるよ」
オルカのようにすぐに本人だという証拠を見せられないと考えていたためオルカのその一言で安心する。
「それでどうしてオルカ一人なんだ?」
「話したいのは山々なのですが……詳しくは奴等を倒してからにしましょう」
気配を察してオルカの方から妖精蝶たちの方へと顔を向ける。すると先程までは居なかった妖精蝶の進化個体が十体ほどそこに浮かんでいるのであった。