30話 合同訓練
「……てことでお前ら。今日から第三部隊がグランザニア周辺の調査に加わることになった。二週間ぐらい任務も訓練場も同じになる」
「第三部隊隊長、イルザ・ホーエンハイムよ。今日から二週間ほどお世話になるわね」
妖艶な女性がオリベル達の前で挨拶をする。彼女こそがウォーロット騎士団において上から三番目に強い部隊の隊長、イルザ・ホーエンハイムである。
ディオスは目の前の魅力的な女性に鼻の下を伸ばし、クローネは思わぬライバルの出現に少し身構えている。そして……
「お前ら、仲良くしろとは言わんが喧嘩すんじゃねえぞ? 特に……」
「ねえあんた強いんでしょ? 私と勝負しましょうよ」
リュウゼンが指摘するよりも早く、まっ先にミネルがイルザへと噛みついていた。
横でリュウゼンが呆れたようにため息をつくと、ミネルの服を掴み上げてイルザから引き離す。
「こいつみてぇに何でもかんでも噛みつくんじゃねえぞ。分かったか?」
リュウゼンの言葉に一同が頷く。ただ一人不満そうに吊るされているミネルを除いて。
「ビックリしたわね。あなたのところは血気盛んな子が多いのかしら?」
「いや、こいつが異常なだけだ」
「何よ。私だって弁える時は弁えるわよ」
「今が弁えるときだっつってんだろうが!」
そう言うとリュウゼンはミネルを解放する。持っているのが煩わしくなったからである。ミネルも止められた手前、再度イルザに絡みに行くことはなく素直に元の位置に戻る。
その瞳には相変わらず闘志が灯ったままではあるが。
「取り敢えず今日の訓練から第三部隊の奴らも加わる。演習場はここしかねえから合同訓練になる! 分かったな!」
リュウゼンの問いかけに全員が了解を示すのであった。
♢
「これが本当にあの第十部隊なの?」
イルザは演習場の至る所に広がって自身の隊員と訓練をしている第十部隊の隊員たちの様子を見てそう零す。
「言っただろ? 俺が隊長になったからには上を目指すってな」
「あの時はまさかこれほどとは思わなかったのよ。少人数なのに全く連携が取れていなかったし。でもこれを見たらウチの部隊もウカウカしてられないわね」
一番派手なのはオルカの爆発魔法だ。凄まじい殲滅力を誇る彼女の魔法はどんな防御もいとも簡単に弾け飛ぶ。
ウォーロット騎士団の中でも特に精鋭の第三部隊員を以てしても、数人いないと相手にならないほどにオルカは強かった。
「あの子はまあ入団試験でもトップだから分かるんだけど」
そう言ってイルザが次に目を向けるのはオリベルの姿である。
騎士団入団試験では補欠での合格だった彼だが、その戦いぶりはそんなことを感じさせないほどに熟達していた。
特に現状、オリベルの身体強化魔法の性質がゆえに発することのできる「先読みの力」は対人戦闘でも無類の強さを誇る。
今も、第三部隊員複数人との剣戟をたった一人で捌ききっている。
「オリベル君の成長速度には目を見張るものがあるわね」
「あいつは今期入団した奴の中じゃあ一番成長したかもな。いつの間にか対人戦闘じゃ負け知らずになってやがる」
「あなたよりも強いのかしら?」
「馬鹿言うな。属性魔法使えば俺の方が強い」
リュウゼンの言葉には暗に身体強化魔法だけならば負けるかもしれないという意味が含まれていた。
かなりの自信家であるリュウゼンにそれほど言わせるとはどれだけ強いのだと興味を抱く。
それと同時に属性魔法が使えないというのはもったいないとも思う。それさえ使えていれば今頃、オルカと同等の強さを誇っていたかもしれないのだ。
兎にも角にもリュウゼンの先見の明に感心するとともに取っておけばよかったとイルザは少し後悔する。
「それで最初私に戦いを挑んできた子だけど……正直それだけの強さはあるわね」
「そりゃそうだろ。あの性格じゃなきゃあいつがこの部隊の隊長だったかもしれねえんだからな」
「そうだったの!?」
「ああ。強さで言えば俺と大して変わらんよ」
リュウゼンの言葉にイルザは驚愕する。訓練を見て強い強いとは思っていたがまさか隊長レベルに強いとは思っていなかったのだ。
イルザが気が付かないのは仕方がない。いつでも真剣勝負ができるようにと個人訓練以外では極力手を抜くという矛盾した行動をとっており、真の強さがなかなか見えないのだ。
ただ手を抜いていてもこの訓練においては手合わせで誰一人にも負けていないのが恐ろしいところだ。
「イルザんとこの副隊長はどいつなんだ?」
数の多い部隊は隊長が居ない間、取り仕切る者が必要なため副隊長というものが置かれている場合が多い。興味本位でリュウゼンはイルザに尋ねてみると、遠くの方を指さす。
「あなたのところのディオス君とクローネさんの二人を相手に訓練している彼女がこの隊の副隊長よ。名はセレナ・イスカール。対随一の剣使いね」
「……強いな」
ディオスとクローネが二人がかりでようやく互角になっているように見える。
ディオスもクローネも決して弱いわけではない。むしろこの場に居る者の中で言えばかなり上位の方に食い込んでくるだろう。
それを二人相手取れているセレナの方が異常であると言える。
「こりゃあ合同任務が楽しみになってきたな」
「そうね」
二人の隊長は隊員たちの成長ぶりを見て今度行われる合同任務でも問題ないであろうと推察する。高を括っているわけではなくあくまで経験から来る予測だ。
しかしその余裕は間違いであったことをまだこの段階の二人は気付くはずもなかった。