29話 会議
ウォーロット王国の王都ウォーロットにひと際大きな城が見える。ウォーロット王国の王族たちが住まうその城の一室で騎士団の各部隊の隊長達が集まり、議論を交わしていた。
人間の支配地域に関しては第一から第十までの部隊が対処するため、神殺しはこの場には居ない。
議題はつい先ほどリュウゼンが持ち帰ってきた一角狼の件についてである。
「リュウゼン。まずは事の顛末を話してもらえるか?」
「承知いたしました」
国王に言われてリュウゼンが立ち上がり、作成した報告書に目を通す。
そして隊長達に向けて一角狼の進化個体が見つかったこと、それだけではなく二段階の進化を遂げた一角狼が見つかったことを伝える。
リュウゼンの話を聞いた後、隊長達の間でどよめきが走る。
ただでさえ進化した魔獣を目の当たりにするのが稀な現状で、二段階目の進化個体など誰も見たことが無かった。
「一つ質問してもよろしいでしょうか? 陛下」
そんな中、第一部隊隊長であるセキ・ディアーノが手を挙げる。
「発言を許す」
「ありがとうございます。リュウゼン、その進化個体というのは本当に一角狼だったのか? 別の種族だったという可能性は?」
「別の種族だってことはまずあり得ねえな。知ってると思うが一角狼は群れを成さない魔獣だ。そんな奴が別の種類の魔獣に従うとは思えねえ。後、根本的な理由で言えば身体の特徴も一致してたしな」
「そうか。ありがとう」
それだけ聞くと、セキは納得したように頷く。初歩的なことではある。しかし、議論というものは往々にして初歩的なことから詰めていくものだ。
案外そこに欠陥があったりする場合がある。今回はそんなことはなかったわけだが。
「進化個体が多数出現するとは……どこかで聞いたことがありますね」
リュウゼンの話を聞いてそう呟くのは第三部隊隊長のイルザ・ホーエンハイムである。
豊満な胸を強調させるように制服をはだけさせているその女性は扇情的なその格好に反して騎士団の中でも特に歴史の分野に精通している。
「イルザよ。詳しく聞かせてくれぬか?」
「確証はないのですが、まだ支配地域が世界の半分を占める前の遥か昔の話でそのような状況を読んだことがあるのです。確か、『神』となる魔獣が誕生する前兆だとか」
「何じゃと!?」
イルザの言葉にウォーロット国王が血相を変えて叫ぶ。ただでさえ最近の前線では新たな魔獣が現れて苦戦を強いられている。
更に内側にまで魔獣の脅威が、それも神になる恐れがあると聞けば誰しもが叫びたくもなるだろう。
「あくまでも昔の記述ですので参考までに。とはいえわざわざ嘘を書くとも思えませんので」
「可能性は高い……と」
「ですね」
イルザの言葉に部屋の中の空気が一気に重々しくなる。
「神殺しを動かしてはどうです?」
「うむ。そうだな。一応このことは神殺しに伝えておこう。緊急事態時に前線に向かっておらぬ者が居れば向かわせることもできるからな」
イルザの進言を国王が是とする。神を殺す部隊だから神殺し。内側の事とは言え、神が関連しているならば神殺しを動かさない手はない。
ただ今のように五人とも王都へと戻ってきているのは珍しく基本的に五人全員、前線へ出払っていることが多いため、その緊急時に柔軟に対応できるかは不明だが。
「調査は引き続き各部隊で行ってもらおう。グランザニア周辺の魔獣調査の任務を重点的に増やすことにして今日の会議は終わりにしよう」
そうして各部隊の配置等を決めた後、隊長達による会議が終了するのであった。
♢
リュウゼンが報告と会議のため王都へと出向いている中、第十部隊の訓練場内の食堂にてオリベルは黙々と一人でご飯を食べていた。
先程までオルカと共に基礎訓練をしていたのだが、オルカが第十部隊で最も血の気の多いクリーム髪の少女、ミネルに連れていかれたため、一人での食事となった。
「はあ、どうすればいいんだろう」
最近オリベルが一人になると頭に浮かぶのは悩みだ。悩みの種はもちろんステラとオルカの死期についてである。
ステラはまだ一年以上の猶予があるわけだが、オルカには後ほんの数週間程度しかない。
それが分かっているというのにそれに直結する物が何かわからない以上、自分から行動に移すことも出来ずで常にもどかしさを感じているのだ。
オルカの死期が近づくにつれ、訓練にも身が入らなくなってきている。
「悩み事ですか?」
そんなオリベルの隣の席に腰かけて話しかけてくる人物がいた。
以前、オリベルが食堂に来た際に出会った銀髪の料理人の男であった。顔がやけに整っていたため、オリベルも顔は覚えていた。
「えーと」
「グラゼルと呼んでくれて良いですよ。オリベルさん」
「僕の名前、知ってくれてたんですか」
「料理人ならそれくらい当然です」
グラゼルの言葉に詳しく内情を知らないオリベルはそういうものなのかと納得する。
故郷でも全く知らない村民から名前を呼ばれていたオリベルからすれば何ら不思議なことではなかったのだ。
「それで何をお悩みになっていたのですか? 僕でよければ相談に乗りますよ」
「言っても信じてもらえないと思いますので」
「……大切な人がもうすぐ死ぬことがですか?」
グラゼルの言葉を聞いた瞬間、オリベルはハッとした顔をしてそちらを振り返る。まさかピンポイントで当てられるとは思わなかったのだ。
「やっぱり」
「どうして分かったのですか?」
「分かったも何もカマをかけただけですよ。以前僕がそう言った時に驚いた顔をしていましたのでテキトーに言ってみただけです」
確かに言われた気がするとオリベルは思い出す。それと同時にグラゼルの事を侮れない人物であると認識する。
「……この話は内緒にしていただけますか? 不確定な事で皆さんを惑わせたくない」
本当は確定している運命ではあるのだが敢えて不確定であるという事を伝えて自身の能力を隠す。
いや、本当は確定しているという事をオリベルの中でも認めたくなかったのかもしれない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。僕はただあなたの相談に乗りたかっただけですので周囲に言いふらす気はありませんし。そうだ」
そう言うとグラゼルは懐の中から銀色の指輪を出し、オリベルへと渡してくる。
「これは僕の地元のお守りみたいなものです。助けを求めれば救いが来ると言われていますのでもしかすれば役に立つかもしれません。料理人の僕にはこれくらいしかできませんが」
「良いんですか? ありがとうございます!」
指輪を受け取り、感謝を告げる。それを見たグラゼルはにっこりと笑うと席を立つ。
「それでは僕はこれで」
そう言ってグラゼルが食堂から去っていく。それを見送ったオリベルは食べ終わった食器を片付けに行くのであった。




