27話 隊長の意地
あと一歩のところまでオリベルを追い詰めた長の前に立ちはだかるのは黒い焔を纏ったオレンジ髪の男、リュウゼンだ。横やりを入れられた一角狼の長は突然現れたリュウゼンに怒りを向けている。
対するリュウゼンも仲間を傷つけられた怒りで目が据わっている。心なしか周囲に舞う黒い焔もそれに呼応して荒ぶっているような気さえする。
「オリベル!」
オルカがオリベルの下へと駆け寄る。見れば周囲に居たはずの一角狼達が軒並み倒されていた。オルカの爆発魔法によって掃討されたのである。
「オルカ! 後始末は俺がやっておく。お前はオリベルを連れて村へ戻れ」
「了解です」
リュウゼンの指示に素直に従うオルカ。普段であれば一緒に戦うと言うところだろうが、今回ばかりは違う。オリベルの怪我がかなり重篤であることを理解しているからである。
オリベルを背負い、オルカが戦場から離脱していく。リュウゼンは目の前に居る巨大な狼がそちらへ向かわないよう注視する。
「そんだけ魔力をダダ流しにしてりゃあ気配を隠す魔法も意味ねぇわな」
通常種に紛れ込むほど隠密に優れた魔法もここまでこればオリベルでなくとも動きを感知することができる。その代わり劇的に身体能力が向上しているわけだが、その方がリュウゼンにとっては都合が良い。
「よくもまあウチの隊員に好き勝手やってくれたじゃないの。これでもしあいつに何かあったらどうすんだ全く」
リュウゼンの纏う黒い魔力が荒ぶりながらどんどんと膨れ上がっていく。その大きさだけで言えば長の体すらも凌駕するほどにまで膨れ上がる。
「容赦しねえ」
リュウゼンのその一言で長は得も言われぬ恐怖を覚える。それは圧倒的捕食者であったがゆえに感じたことのない、被捕食者の抱く感情。
自分よりも体が小さい目の前の存在にどうしてそんな恐怖を抱くのか一角狼の長には理解できなかった。
「ガウッ!」
その恐怖をかき消すかのようにリュウゼンの方へと突進してくる長。それを全く意にも介さない様子でリュウゼンは腰を深く落として剣を構える。
長の巨躯をも上回るほどに膨れ上がった黒い魔力がリュウゼンの小さな体へと集約していく。そして完全にリュウゼンの体へともれなく魔力が集まった時、一瞬だけ時間が止まったかのような静けさが周囲を覆う。
嵐の前の静けさ、それを表しているかのような不気味さである。
そして長は悟った。今から死ぬのだと。
「黒焔狼牙」
収縮した力が一気に解放され、爆発的に増加した黒い焔が長よりも巨大な狼へと姿を変えて襲い掛かってくる。長はもはや抵抗することはない。いや、厳密に言えば抵抗することが出来ない。
いかに逃げに一転しようと間に合わないことが分かっているから。
覚悟した直後、長の体はその黒い焔にすべて飲み込まれていく。魔力を糧として燃え続けるその黒い焔がジリジリと長の体力を削り、皮膚を溶かしていく。
そして、とどめの一撃として黒い焔に身を包まれた長の首元に一筋の斬撃が走る。それは虫の息となっていた長の首をいとも容易く斬り落とし、命を奪う。
ここまで群れを率いていた長の呆気ない最期であった。
長の首を斬り落としたリュウゼンは地面へと降り立ち、背後で燃え盛る黒い焔を見て、完全に息の根を止めたことを確認する。
「……ふう、厄介な相手だったな」
もしも気配を隠す魔法を使われていたらリュウゼンであっても負けていたかもしれない。そう思わせるほどに今しがた斬った敵は強大であった。
リュウゼンの全身をどっと疲れが襲ってくる。無理をして最大出力を大幅に上回る攻撃をしたため、魔力が枯渇したのだ。
「にしてもこんなのは初めてだぜ。進化個体が居ると思えばそれよりも更に上位個体が居るんだからな」
ドサッと地面へ座り込むと、リュウゼンはそう呟く。二足歩行の一角狼が通常種の進化個体であるとするなら、長であった一角狼はそれの更に進化個体であると考えられる。
リュウゼンの経験では魔獣が進化するという状況には出くわしたことがあるが、二段階も進化した個体と出会う事はなかった。
「何か嫌な予感がするぜ」
日が沈みかかった空を見上げてそう呟く。どこか紫がかった空の色がより一層、不気味さを増している。
「取り敢えず片すか」
ゆっくりと立ち上がるリュウゼン。そして周囲に散らばっている一角狼の亡骸の数を見て嘆息するのであった。
♢
「ふむ、邪魔が入ったか」
リュウゼンが一角狼の長を倒した頃、その森の近くで一つの人影が目を瞑りながらそう呟いていた。姿形も話す言葉も人間ではあるものの、背中から生える翼と言い、頭から生える角と言い、ただの人間ではないことが分かる。
「主よ。如何なさいましたか?」
その人影に話しかける者が居た。その者の見た目も主と仰いだ存在と同じような見た目をしている。違いがあるとすればその胸にある双丘くらいなものだ。
「いやなに、大したことではない。私が撒いた『神の種』が一匹殺されただけだ」
「神の種? 以前仰っていたものでしょうか?」
「ああ。私の魔力を与えることによって生み出した新たな神の原石。それが神の種だ。まあ今回殺された奴は出来損ないだがな」
そこまで言うと、閉ざしていた眼をゆっくりと開く。
「これで私の魔力の痕跡は消えた。ゆくぞ」
「はい」
怪しげな人影が二つ、空へと飛び去っていく。
世界を揺るがす不穏分子が動き始めていることをこの時はまだ誰も知らない。




