26話 長VSオリベル
オルカとオリベルの前に一角狼の真の長が対峙する。リュウゼンが進化個体との戦いで援護が出来ない今、二人で倒さなければならなかった。
「オルカ、気を付けろ。どこから攻撃が来るか分からない」
「了解です」
二人で視線で示し合わせて走り出す。未だ周囲に残っている一角狼達をオルカの爆発魔法で薙ぎ払いながら長の方へと向かっていく。
相も変わらず微動だにしない長。いつ行動するのか、いつ攻撃に入るのかが全く予想が付かないその存在は静かであるがゆえに不気味さを増していた。
その時、オルカの背に悪寒が走る。オルカが咄嗟に判断して回避すると、後方から鋭い角が心臓を貫かんとして突進してきていた。
「他の一角狼にも同様の魔法をかけられるみたいですね。自身にかけるよりは効果が薄そうですが」
「マジか」
襲ってきた一角狼の脳天をレイピアで突き刺しながらオルカが言う。これまでかなりの数を倒してきたとはいえまだまだ十分に残っている他の一角狼たちの攻撃すらも予測不可能であるという情報は中々にキツイ事実であった。
「まずは通常個体を減らしてくのが先決のようです。長は後回しにして……」
「危ない!」
オルカの言葉を途中で遮り、オリベルが剣を伸ばす。何事かとオルカが振り向いた瞬間、オリベルの伸ばした剣に何かが衝突する音が鳴り響く。
長がオルカの首元を狙って攻撃したのをすんでのところでオリベルが気付き、それを防いだのだ。すべての動きを瞬間的に把握することができるオリベルだからこそ反応できた攻撃。
あと少し遅れていたら今頃、オルカの命はなかっただろう。
「多分、あいつの攻撃は僕にしか見切れない。オルカは他の通常種を蹴散らしてくれ。僕はリュウゼン隊長が戻るまで長を相手するよ」
「悔しいけれどそのようですね。了解です」
二人で長を攻撃するのをやめて互いの得手となる役割で分担する。オリベルは得意な一対一で長と、オルカは得意な殲滅力で多数の一角狼を相手取る。
「それじゃあ任せました」
オルカはそう言うと、まだまだ数多く残っている一角狼達に向けて右手をかざす。
「エクスプロード」
事前に座標指定を行う事により、連鎖していく爆発が一角狼達を飲み込んでいく。一撃一撃が確実に一角狼たちの息の根を止めていく。
「相変わらず凄い火力だな」
吹き飛ばされていく一角狼達を見て改めて自身の仲間の強さを思い知る。そして次は自分の番だと一角狼の長の方を見据える。
仲間が居なくなったというのに未だ動揺を見せないその佇まいは普通の魔獣ではなく、ちゃんと知性を持っているようにも思える。
オリベルは静の心で長を具に観察する。魔法で防がれているとはいえ、攻撃をする瞬間にはちゃんと動きを見て反応することができた。
最大の隙は攻撃時に現れる。
その一心で長が攻撃してくるのを待つ。両者ともに相手の出方を見計らう。両者の間には視覚的に捉えられずとも明らかに攻防戦が繰り広げられていた。
その間合いの中でオリベルの感覚に何かが引っ掛かった。
「……そこだ」
背後から迫りくる長にピンポイントで剣を振りかざす。辺りに響き渡る角と金属が交差する衝撃音。オリベルの身体強化魔法をもってしても押し返される長の勢いはまさに恐るべきものであった。
「はあっ!」
わずかに力が上回って長の角をはじき返す。はじき返された長が怯んだところで振り下ろした剣を返して第二の斬撃を放つ。燕返しとなる一撃は身を引いた長に一歩届かずに空を切る。
かと思えば今度は真横から気配を感じ取り、それに剣を合わせる。そのやり取りを何合か続けていった結果、最初は四方八方から繰り出される気配のない攻撃の反応に手一杯で防戦一方だったオリベルにも徐々に攻撃へ転じる手が増えていく。
そして一つの斬撃がようやく長の首元へと傷を負わせることに成功する。
「はあ、はあ……なんとかリズムは掴めてきたけど」
問題は肩の怪我である。止血しているとはいえこうも動き回ればどんどん傷が開いていくというもの。早々と勝負を決めなければオリベルにとって不利になる。
しかし、オリベル側から攻撃をすればそれは長へ隙を与えることになる。ただでさえ、気配を消す魔法が厄介だというのに更に隙を与えてしまえば致命的な一撃を貰う事を理解しているオリベルは努めて冷静に魔力を練り上げ、長の動向を窺う。
オリベルが平静を保つ中、長の方は集中力が欠けてきたのか徐々に動きが目立ってくる。それは常人ならば気が付かないほどの変化であるがオリベルの目ははっきりとそれを捉えていた。
(このまま押せば行ける)
そう思った矢先、突如として長が放つ魔力量が急増する。今まで抑えてきていた気配が嘘のように魔力量が増えていく。
オリベルに対して気配を殺しても無駄だと判断した長は持っているすべての魔力を放出することに決めたのである。
「嘘だろ」
元の魔力量よりも何百倍、それこそ二足歩行の一角狼の何十倍の魔力量が感じ取れる。
見た目もすべてが変化し、元の一角狼の姿の五倍ほどの大きさ、更には全身に凄まじい出量の青いオーラを纏っている。
「今までは全力じゃなかったってのかよ」
気配を殺す魔法を使っているため、本来の力を出し切れていなかったのだろう。そのことを理解したオリベルは先程獲得した自信をほんの少し喪失する。
ただ、これで気配を殺す魔法は意味がなくなった。そうなれば後はただの力と力のぶつかり合いだ。
剣を構え、地面を駆ける。瞬く間に変化した長の前へと移動したオリベルは地面が深く抉れるほどに踏みこみ、長の体に剣を突きだす。
音が置き去りになるほどに素早く放たれたその一撃はまさにオリベルが繰り出せる最強の一撃であった。
剣が体を貫かんとして迫りゆく中、長は軽く前脚を振るう。軽々と振るわれたのに対しその膂力の強さは嘘のようで、オリベルの攻撃ごとその体を吹き飛ばしたのである。
吹き飛ばされたオリベルはそのまま大木へと体を打ち付けられ、そのままずり落ちていき、地面へと尻餅をつく。
「ば……化け物すぎる」
体中が痛む。肩の怪我も相まって最早立つ気力すら湧かない。オルカが何か叫んでいるが、それがオリベルの耳に届くこともない。
目の前には巨大な長の姿がある。
英雄ステラを死期という運命から救う。そして最近新たに友人であるオルカも死期という運命から救う。そう心に決めていたオリベルがここで死ぬわけにはいかない。
その感情とは裏腹にオリベルの体は1ミリも動く様子はなかった。
(くそ! くそ! なんで動かないんだよ!)
言葉にならない感情がオリベルの中を渦巻く。そうこうしている間に長の前脚は無情にもオリベルの下へと振りかざされていた。
終わった。
オリベルがそう思った次の瞬間、目の前に黒く逞しく燃え盛る焔がオリベルの周囲を取り囲む。それを嫌った長が攻撃を中断し、そのまま後方へと退避する。
「すまねえ、少してこずった」
オリベルの前に立ったのは第十部隊隊長、リュウゼンの姿。十体居たはずの進化個体をすべてなぎ倒してきたのだ。
「お前はもう寝てろ。後は俺がやる」