23話 絶体絶命
一角狼を狩った後、オリベルは少し開けた場所に出る。小高い丘があり、その麓には大きな鳥の魔獣の亡骸が落ちている。
「食べられた跡があるな。もしかして一角狼か?」
無残にも食べられた怪鳥の亡骸だ。地上に降り立ったところを奇襲して狩ったのだろうかとオリベルは思考を巡らせる。ここ周辺で活発な魔獣は一角狼だけだ。
辺りに散らばっている他の魔獣の亡骸を見るに、つい先程までここに一角狼の群れが居たことは確かであろう。
「ここまで食べられていたら流石に不死化することは無いか」
よほど強力な魔獣でない限り骨だけで魔力を蓄積するのは考えにくい。一瞬、鞄の中から火打石を取り出そうとした手を止める。
その時、近くで草木をかき分ける音がオリベルの耳に届く。瞬時に戦闘態勢に入り、そちらの方へ向くも知った顔であったため、構えを解く。
「何だ、リュウゼン隊長か」
「何だとはなんだ。オルカじゃなくてガッカリしたか?」
「いえ、別にそんなことはないですよ」
揶揄うように言ったのにまさかの真顔で返されて少し気まずくなったリュウゼンはコホンと一つ咳払いをする。
「それでオリベル。お前の方には居なかったか? 長っぽい奴」
「居なかったですね。ここに来るまで五匹の一角狼の群れ以外見ておりません」
「そうか。俺んとこもあんまし居なかったんだよなぁ。調査報告では百匹以上は居るって話だったんだが」
今のところ最初に遭遇した十体規模の群れは見つかっていない。リュウゼンも五体の群れに二回ほど出くわしただけであった。
「ここから離れやがったか? それとも……」
リュウゼンがそう言葉を紡ごうとした瞬間、遠くの方から甲高い笛の音が聞こえてくる。それはリュウゼンが二人に長が現れたときは吹くようにと言って渡していた笛の音であった。
「行くぞオリベル。もしかしたらちと不味いかもしれねえ」
「はい」
瞬時に察したリュウゼンが駆け出す。その後ろをオリベルも付いていく。その脳裏にはオルカの死期が浮かび上がっていた。
オルカの死期はまだ2週間以上はある。しかし、必ずしもオルカが今安全とは言い切れない。なぜなら死ぬ時がその時でも死ぬ原因となる怪我を負うのがその時だとは限らないからである。
「まさかとは思うが……持ちこたえてくれよ、オルカ」
周辺の一角狼の全てが長の下へと集まっているという最悪なシナリオを思い浮かべながらリュウゼンは鬱蒼とした森の中を駆けていくのであった。
♢
オリベルがリュウゼンと合流する少し前、二人と同様にオルカも一角狼の群れと一度だけ接触した限り、一切の一角狼と出くわさずにいた。
それを不思議に思ったオルカは痕跡を探しながら森の中を進んでいた。魔力を自身の体の外側へと放ち、周囲の状況を把握する、いわば魔力感知を行いながら。
これをすることで魔力を持つ者の痕跡や潜んでいる者の存在などを感知することができる。これによって最初、リュウゼンとオルカは一角狼に囲まれていることに気が付いたのだ。
ただこの技術は普通、何年も研鑽を経た上で任務などの実戦で使っていくうちに徐々に身に着けていく技術なのだが、オルカはそれを類稀なる魔法の才能によって養成学校の日々の中で身に着けていたのだ。
そのため、魔力感知を使えないオリベルが魔法の才能が無いという訳では決してない。ただオルカの魔法の才能が溢れすぎているだけなのである。
「……見つけた」
目を瞑りながら周囲の魔力の痕跡を辿っているとオルカはようやく一角狼らしき魔力の痕跡を見つける。それについていくと、徐々に周囲へと一角狼の痕跡が増えていく。
「嘘、まだ増えるのですか?」
最初はせいぜい十対程度であろうと高を括っていたオルカだがその数が五十へ到達してもなお増え続けていることに困惑を隠しきれない。
これほどの数の一角狼を従えるという事はそれだけ長の力が強いという事。危険度B、いや危険度Aレベルの個体が存在するという事にオルカは少しだけ痕跡をたどるのを躊躇う。
この時点で笛を鳴らし、二人を呼ぶべきか。しかしその笛の音で相手に気付かれ、森の奥深くへと入られてもそれはそれで面倒だ。
「……迷っている暇はないですね」
一瞬の躊躇を首を振って振り払い、合流して増え続ける一角狼の痕跡をたどり続けていく。
何分経過したであろうか。一角狼の魔力の痕跡をたどっていくうちに一つ巨大な痕跡を見つけることに成功する。
「間違いなくこれが長の痕跡ですね」
他の個体よりも一回りも二回りも強力な魔力の痕跡。それが一角狼の長の痕跡であると確信するとともに自身が警戒していたほどではないと胸をなでおろす。
「この程度でしたら危険度Bが関の山でしょうか? まあ群れと同時に相手取るとなると危険度Aには行くでしょうけど」
長と思われる魔力痕跡を指で触れ、魔力量を確認したのちに一先ずは報告をとリュウゼンを呼ぼうと首に提げている笛を吹こうとすると、突如、背後に何かの気配がしてその場から飛びのく。
直後、大きな前脚がオルカが元居た場所の地面を砕く。その姿は従来の一角狼とは全く変わって二足歩行をする巨大な狼であった。
「さっきまで全く感知に引っ掛からなかったのに」
気が付けばオルカは数百体を超えるほどの一角狼の群れに四方八方を囲まれていたのだ。
絶体絶命の危機。
オルカは瞬時に判断し、首から下げていた笛を力いっぱい吹くのであった。