21話 森の異常
「……少し待て」
野原を抜けカリコン村に向かう山道の途中でリュウゼンが突然口元に人差し指を当てて静かにするよう促してくる。二人もその意図を察したのか押し黙り歩みを止めぬまま何も気が付いていないかのように振舞いながらも周囲を警戒する。
「囲まれてるな」
二人にしか聞こえない声でリュウゼンが言う。その顔は緊急状態であるというのに一切の焦りを見せない。オリベルにもはっきりと分かる。微かに揺れる草木。そして不自然に乱れる風の流れが何者かの存在を際立たせている。
「オルカ、俺が合図をしたら周囲に爆発魔法を放て」
「了解です」
それから少し歩くと突然リュウゼンが走り出す。それと同時に周囲を囲っている者達が反応する気配を感じ取る。
「今だ!」
「エクスプロード!」
既に指定された座標を中心として強大な爆発が巻き起こり、襲ってきていた者の正体を明かす。頭から巨大な角が生えた大きな狼。一角狼であった。
「相変わらず馬鹿つえーなこの魔法。一匹くらいは討ち漏らすかと思ったが」
「そんなヘマはしませんよ」
オルカが放った一撃により周辺に潜んでいた一角狼の全てが倒れ伏す。合計12匹程度の一角狼の亡骸を見てリュウゼンは首を傾げる。
一角狼は基本的に群れることはない。一匹狼という言葉がこれ程ないくらいにピッタリと当てはまる魔獣であったが故にこれは異常事態であるとリュウゼンも感づいていた。そしてこの先向かう任務先が大変であることを察して舌打ちをしたくなる。
「こりゃ骨が折れそうな任務だな」
「ですね」
「?」
オルカはリュウゼンの意図を理解し、相槌を打つ。そんな中、オリベルだけは何故この襲撃が今回の依頼と関係するのかが全く理解できないまま歩を進めるのであった。
♢
「第十部隊の皆様! お待ちしておりました! 詳しい内容は村長宅でお話いたしますのでどうぞ中へ!」
依頼先の村へ到着し、村に滞在している兵士を尋ねるとそう言われて三人は村長宅へと案内される。依頼先の村では周囲に有刺柵が張り巡らされており、魔獣の襲撃に備えるようにして兵士たちが目を光らせていた。
オリベルはその村の様子を珍しいものでも見るかのように眺める。オリベルが暮らしていた村では兵士なんてものは居らず、魔獣対策の罠もなかったため新鮮だったのだ。
それに関してオリベルの村では兵士が派遣できないほど辺境にあるからというのと単純に周囲に魔獣が暮らしていなかったというのが大きい。
「失礼するぜ」
「どうぞどうぞ好きなところでお寛ぎください」
村長宅へ到着すると優しそうな顔をした老爺が現れ、三人を居間の方へと案内する。内装は普通の木製の家だ。居間には暖炉が焚いてあって、暖かな雰囲気を漂わせている。
「それで任務の詳細についての確認だが、本当に一角狼の掃討で良いんだよな? 他の種が居るとかは?」
「それはどういった意味でしょう?」
「実はここに来る前に一角狼の群れに襲われてな。それも十数体の群れだ。おかしくないか? 単独で行動するはずの奴らがそこまでの大所帯で移動してるってのは」
リュウゼンがそう言うと村長は押し黙る。何かを考えているようでその表情は険しい。こういうやり取りに慣れていないオリベルとオルカは静かに横でその話を聞いている。
「分かりません。兵士さん達が集めた情報ですと一角狼の大量発生という事しか聞いておりませんので」
「そうか。何となくわかった。ありがとう」
そう言うとリュウゼンは席を立ちあがる。それに合わせてオリベルとオルカも立ち上がり、リュウゼンの後ろへとついていく。
「も、もう向かわれるのですか?」
「当たり前だ。今こうしてる間にも奴等の動きが活発になる。下手すりゃこの村ごと潰されちまうかもしれねえからな」
村長の言葉から何かを察したリュウゼンがそう告げると村長がみるみるうちに顔を真っ青に染めていく。異常事態ではあると分かっていたもののまさかそれほどとは思っていなかったのだ。
「心配するな。俺達がさっさと片付けてやんよ」
そう言うとバタンと音を立てて三人の騎士達が村長の家から出ていく。その後ろ姿が村長にとっては頼もしく見えるのであった。
♢
「リュウゼン隊長、なんでそんなに急いでるんですか?」
「早くしねえと手遅れになるからだよ」
一角狼が異常発生したと聞いた時からリュウゼンの中では嫌な予感がしていたのだ。一角狼が群れを成す理由として考えられるのは二つ。一つは強大な敵が出現し、力を合わさざるを得なくなったこと。
しかしこれは先程の村長の話から分かるように一角狼以外の情報は寄せられていないことから違うと判断できる。もしもそれほどの魔獣が出現しているのだとすれば流石に見逃すことはない。
そして考えられるもう一つの理由は一角狼の中に確固たる地位を築き上げた長が生まれたという事。この場合、長が生まれることによる生活基盤の安定化、そしてそれによる一角狼の異常繁殖が紐づけられる。この可能性が一番高かった。
そうなればカリコン村をも飲み込むほどの強力な群れを作り出す可能性がある。まして一角狼レベルの長となると危険度Bはくだらない。一刻も早く対処すべき案件であった。
「二人にこれを渡しておく」
そう言ってリュウゼンがオリベルとオルカそれぞれに木でできた小さな笛のペンダントを渡す。
「こいつを首からかけておけ。今から三手に分かれて一角狼を狩っていく。もしも長に遭遇したらすかさずこの笛を吹いて俺を呼べ。間違っても一人で戦おうとするんじゃねえぞ」
「はい!」
「了解です!」
「それじゃ、散!」
リュウゼンの合図とともに三人が森の中へと姿を消す。森に潜む脅威を駆逐するために。